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愚者の王冠

「またこのパターンかよ」
薄暗いスタジオの片隅で、新米アシスタントのユウタは呟いた。モニターに映るのは、日本で最も影響力を持つプロYouTuberグループ「レジェンドファイブ」の新作企画会議の様子だ。リーダーの豪快な笑い声が響くが、その実、内容はいつも同じ。過去にバズった企画の焼き直し、あるいは流行の表層をなぞっただけの安易なものばかり。
「どうして、あんなに稼いでいるのに、新しいことやろうとしないんですかね？」ユウタは隣に立つベテランのミヤザキに耳打ちした。
ミヤザキは疲れた顔で笑う。「一度成功の味を知ると、そこから抜け出すのは難しいんだよ、ユウタ。彼らはもう、成功体験の檻に囚われている。新しいことをすれば失敗するリスクがある。今の地位を守るには、一番安全な道を選ぶのが合理的なんだ。だから、頭が固いと思われても仕方ない。視聴者が何を求めているか、本質を見失ってるんだよ」
ユウタは納得しかけた。確かに、彼らは巨大なチームで動き、莫大な収益を上げている。ビジネスとしては完璧なのかもしれない。だが、その裏で失われている「創造性」や「面白さ」に、ユウタはもどかしさを感じていた。
その日の夜、ユウタはいつものようにネットサーフィンをしていた。タイムラインには、「論破王」と呼ばれる有名インフルエンサー、ヒロユキの切り抜き動画が流れてくる。彼の舌鋒鋭い物言いは、多くのフォロワーを惹きつけていた。
「いやぁ、それってあなたの感想ですよね？」
ユウタは思わず眉をひそめた。今回もまた、社会問題に対して短絡的な持論を展開し、反論者を感情論で片付けている。
「あの人、いつも『それって論理的じゃない』とか言うくせに、自分自身の思考は結構短絡的なんじゃないか？」ユウタは独り言ちた。
ミヤザキの言葉を思い出す。「彼もまた、『論破』という成功体験に囚われているのかもしれないな。議論の目的が、真実の探求じゃなくて、相手を言い負かすことになってる。だから、都合のいい部分だけを切り取って、感情や背景を無視して、自分のロジックを押し付ける。一見、頭がいいように見えるけど、本質を理解しようとしない点で、ある意味、頭が固いんだよ」
画面の中のヒロユキは、今日も涼しい顔で、相手を「論破」していた。その自信満々な顔を見ながら、ユウタはふと思った。彼らがもし、本当に未来を予知する能力を持っていたらどうなるだろうか？
もし、未来が見えたとしたら。
たとえば、自分が次の瞬間に右から飛んでくる攻撃を喰らうことが分かったら、それを避けるのはたやすいだろうか？漫画や映画の中では、未来視の能力者は、高速の攻撃も悠々と回避する。それはまるで、未来の出来事がスローモーションで見えるかのようだ。
だが、ユウタは疑問に思った。
「未来が見える」ことと、「未来の情報を処理して、身体を完璧に動かす」ことは、本当にイコールなのか？
「未来が見えるのは、精神能力だろ？」ユウタは声を出し、一人でシミュレーションを始めた。「でも、それを避けるのは、身体能力の話じゃないのか？」
ミヤザキの言葉が頭をよぎった。「精神能力がどれだけ優れていても、身体が追いつかなければ意味がない。情報が超高速で脳に入ってきても、それを処理して筋肉に指令を出す神経伝達速度や、実際に身体が動く速度が追いつかなければ、未来が見えても何もできないんだ」
つまり、もし未来が見えたとしても、その情報を受け取り、瞬時に最適な回避行動を計算し、そして実際にその行動を遂行できるほどの超人的な身体能力と反応速度がなければ、単なる「情報過多」にしかならないのではないか。
未来視で攻撃を回避できると考えるのは、「未来が分かれば全てが解決する」という短絡的な思考と、フィクションが作り上げた都合の良いイメージが合わさった結果に過ぎない。
ユウタは、モニターに映る「レジェンドファイブ」の企画会議を、そして「論破王」ヒロユキの動画を交互に眺めた。
「彼らは、未来が見えるどころか、現状さえ正確に見えていないのかもしれないな」
大手YouTuberも、論破王も、彼らが手にしている王冠は、実は「短絡思考」というガラスのティアラでできているのではないか。その脆い輝きに惑わされ、本質から目を背けているからこそ、人々は彼らを「意外とバカで頭が固い」と感じてしまうのかもしれない。
未来が見える能力があったとしても、それを活かす「知性」と、それを実行する「身体」がなければ、ただの幻に過ぎない。
今の彼らには、その両方が決定的に欠けているように、ユウタには思えた。

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