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父親の命日を知らない。覚える価値もないなんて恨んでいるわけではない。役所とかで調べる方法はあるんだろうけど単純に分かってない。墓参りに行ったのは2、3回。父は自分が小学校低学年の頃に近くの川で溺死した。酒を飲んで向精神薬を大量摂取した上での入水だったらしい。つまり自殺した。

父は熊みたいに大きくて優しい人だったらしい。その優しさのせいなのか同じ会社で働いていた人間に騙されて借金の連帯保証人になってしまったらしい。そしてその人間は蒸発して結果父は数百万の借金を背負わされたらしい。当時の母はそのことについてなにも知らなかったらしい。ただただ毎月の生活費があまりにも少なくなっていくことへの違和感だけがあったとのことだ。
昼夜逆転の労働と詐欺まがいの被害にあったこと、数百万もの借金を背負ってしまったことを家族に言えるはずもないことによって父は狂ってしまったらしかった。
父が救急搬送された日の記憶が頭の奥の方にある。精神的な病から錯乱して家のベランダから飛び降りようとする父を母と一緒に泣き叫びながら引きとめたことがある。当時を思い返すと小学生が経験するにはあまりにも理解不能で異様な出来事だった。

父を亡くして間もなく生活に困ったことで母と離れて暮らすことになった期間がある。父方の祖母の家に数年預けられた。家族でそれらのことについて詳しく話し合ったことは記憶にない。日々生きるので精一杯だったし、当時なにがあったかを話し合うにはあまりにも複雑すぎて話を切り出すのも難しいことだったから。実際高校を卒業するまでそういった経緯は全く知らなかった。家族の中でこの事をなかったものとして扱うしかなかった。

詳細を知ったのは大学生になってからだった。祖母や叔父たちから聞いたことを整理して父の人生の顛末を知った。ただ、ないものとしてしまっていた過去による心の問題があったことをその頃の自分は気付いていなかった。
就職活動にあたって自己分析なるものをせざるを得ない状況になったとき、今まで見て見ぬ振りをしていた過去に向き合わざるを得なくなった。その時になってようやく自分の中の空虚さを自覚した。父の件や家庭事情など複雑で整理されないまま生きてしまったことで自分の中にはなにも蓄積されていないことが分かった。そして周囲の人と比較した時、あまりにも人生の階層が違うことがはっきりと分かってしまった。

就活を機にずっと抱えていたトラウマが爆発した。就活鬱という名目で精神科にかかったが、もっと根深いトラウマがあることにカウンセリングを受けて気付いた。自覚すらなかった過去のトラウマが蘇ってカウンセラーの前で20歳を超えた人間が鼻水を垂らしながら泣きじゃくった。人前で泣きたくなんてないのに本当に涙が止まらなかった。自分の生まれを呪っていた。なんで普通じゃなかったの、なんでこんなもの背負わせたの、と。あの時のカウンセリングルームは異様だったと思う。大人の形をした何かが子供のように泣きじゃくっていたから。悲劇の主人公ぶってるって思われるだろうな。でも俺にとっては現実だったんだ。創作だったらよかったな。普通だったらよかったな。家族団欒で家に帰れば温かい会話がある家がよかったな。思い返せば自分を励ましてくれるような愛された記憶があればよかったな。嬉しい思い出に包まれて前だけを向ける人生があったらよかったな。でもなにを羨んだところで俺の人生には存在しなかった。暗い過去を見つめるしかなかった。でも。

なんて当時の感情や沈んでいた頃の記憶を書き連ねるけど、なんやかんやあって不恰好にも立ち直れている。今でこそこうして言語化できる程度に自分の人生を振り返れるようになったけど当時はただ苦しかったな。もやもやしながら生きてきた記憶に整理がついたからだろうか。カウンセリングで吐き尽くしたからだろうか。まずは正常な精神でいられるよう健康を意識することを身に付けたからだろうか。
記憶の整理を手伝ってくれたカウンセラーには感謝している。保険適用されないから1回のカウンセリングにかかる費用が1万円だったのを思い出すといまだにびっくりするけど。何回も通って精神科で睡眠薬をもらってやっと正常な思考を取り戻した。藁にもすがる思いってのはああいうことだったんだろうな。
なんにせよ今は無事に生きてて楽しいことも嬉しいことも適度にあって労働に耐えつつも過去と現実を受け入れて日々を過ごせている。明日が来なければいいのにって思うことも少なくなった。それがなによりなんだ。

だから頼むよ。信じてほしい。
いつか本当の本当に生きててよかったって思える瞬間があるから。生まれてきてよかったって思えたことがこんな俺にもあったから。面白くておかしくて息もできないくらい笑える瞬間があるからさ。
薄っぺらい綺麗事かな。沈んだ心には届かないかな。散々な気分がもう晴れることはないって思ってしまうよな。全部どうでもいいって思ってしまうよな。もうすべてを投げ出して消えてしまいたいって思うよな。普通の人が羨ましくて仕方なかったよな。何をどうやったって救われないって知ってしまったんだよな。なにがこんなにも虚しいのかわからなかったよな。それを言葉にできないのも苦しくていつも泣き叫びたかったよな。つらかったよな。悲しかったよな。
わかるよ。本当にわかるよ。
でも、君なら立ち直れる。信じてる。だから頼むよ。
元気でいてね。

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