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ファナマリ🔜

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経世済民😡
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腿擦り

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経済=経世済民
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のい

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【思考実験】民主主義は理想の政策を導き出せるか?【思考実験】民主主義は理想の政策を導き出せるか?

回答数 21>>

うーーーん……経世済民とはなにかいったん1から学び直したほうがいいかも。
思考の星思考の星
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GG

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経世済民という考えない経営者ばかりになってしまいましたわねえほんと
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暫定税率一つ廃止出来ない現在の政権与党に一体何を期待するの?
経済とは経世済民(世を治め、民の苦しみを救うこと)。
民を救う気が無いなら全ての議席を空けてくれ。
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めんちかつ

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🎓 明大経営学科卒の私がたどり着いた問い:現代人にとって経済学と経営学とは何か?

マルクス経済学のバーで、学生時代の記憶が鮮やかに蘇りました。明治大学経営学部経営学科を卒業した私にとって、経済学と経営学は長年の未解決の問いです。このブログでは、私の経験から、現代社会におけるこれらの学問の意義について考察します。

🍻 経済学の原点回帰と学生時代の専門科目

最近、イベントバーエデンのマルクス経済学を学ぶバーに行ってきたことが、すべてを思い出させました。そこに行くと、そういえば私も元経済系の学生で、経営学科卒業の人間だったと思いだしたのです(明治大学経営学部経営学科)。

私は体調を悪くして公務員試験を志し、地方公務員志望だったので専門科目は無く、確か政治経済を一般教養として衛星予備校で学んだのですが、そこではおおむねマクロ経済学と、はやりのマネタリストの考え方を少し学ぶ事になりました。貨幣の供給量で市場を操作するという考え方は大学では詳しく学ばず、とても新鮮だったのを覚えています。大学時代のマクロ経済学は、公共投資と消費を喚起して経済をコントロールする手法だったと思います。

が、良く思えば貨幣を市場に供給するなどと言う事は、経済産業省や財務省の官僚、日本銀行の社員くらいしか関係は無く、地方公務員が学んでも無駄な事だったと思います。

私の出た大学の経営学科は経営学科とは名ばかりで、必修科目はマルクス経済学、ミクロ経済学、マクロ経済学と、経済学よりの講義ばかりでした。

🏢 経営学の象徴「コーポレートガバナンス」の記憶

経営学の講義が一つあったのですが、とても年老いた老人で、まず声が一番前の席でもほとんど聞こえない、学生が授業中に騒いでいたのもありますが、そんな状況下で、ときおり彼が



「コーポレートガバナンス、コーポレートガバナンス!」

と叫んでいたのだけは覚えています。今でもコーポレートガバナンスの意味はよくわからないのです。

そして、経営学科でたくさん経済学を学んだからと言って、経済学がわかったわけではないのです。



💡 コーポレートガバナンス(企業統治)とは: 企業が株主をはじめとする利害関係者のために、公正・透明で迅速な意思決定を行い、企業の健全性、効率性、持続的な成長を確保するための仕組み全般を指します。

📊 現代の経済学とは:目的は出ているが、本質は?

経済学は経世済民(けいせいさいみん)の思想だとは言うけれど、当然その意味は今でも分からないし、経済学自体が何なのかつかめていません。

ミクロ経済学が企業経営に関するものであり、マクロ経済学が政府の財政であると言う説明も言われてみればわかりますが、ミクロ経済学とマクロ経済学はご存じのように、高等数学を使う、偏微分やラグランジュ係数を使うのです。当然数学を無視して入学してきた学生には理解は困難だし、試験問題も解けません。私は数式を暗記して、それを解答用紙に書いて単位を取ったのを覚えています。

では、現代人にとって経済学とはいったいなんなのでしょうか、ミクロ経済学とマクロ経済学にその存在意義を質問しても、ミクロ経済学は企業経営をよくすること、マクロ経済学は国家財政をコントロールして政府や国民に富をもたらす事と、ほぼ目的が出ているのです。マクロ経済学で議論されているのは貨幣供給を用いたり、公共事業を使っていかに政府財政をうまくするかであり、ようはやり方の問題で、その目的に対する答えは出ていると言えます。

🍎 マルクスとアダム・スミスの「性善説」 vs 「性悪説」

経済学が好きな人たちになぜマルクス経済学が魅了されるかというと、マルクスが問うた労働について、資本について、貨幣、労働についてなど、物事を厳密に定義付けて、あるいはその定義のあり方を議論したり、その問題解決を語るスタンスが、学者や近代の学問に適合していたからだと思います。マルクス経済学は科学であるとするゆえんです。

それに、私は『国富論』も『道徳感情論』も読んだことは無いですが、アダム・スミスの考え方、神の見えざる手を完全に、単純に信じている人も少ないだろうし、それをましてや国家財政に応用したら、政教分離しろとか言われそうです。

私のゼミの教授は哲学の先生でしたが、アダム・スミスの『道徳感情論』に深く影響を受けたと言い、人と人は共通性とか共感とかに深くその人間関係が影響されるものであり、それを市場経済に適用すると、経営者も、消費者も、労働者も、お互い最適なところで理解しあえるのだと言う結論を導き出していました。

マルクス経済学者にとってみれば、そんなのはあまっちょろいし、神の見えざる手について明確に証明を求められます。近代に入ってから、労働者を搾取したり、公害を引き起こしたり、企業の悪の部分をそれでは説明できないし、それを教授に伝えると、



「それは彼らがアダム・スミスを正しく理解していないからだ。」

と反論されました。

アダム・スミスの哲学と経済学は、当時「強者の論理」として批判されていたのだ、ということも学びました。しかし、それを言ったら日本の経営者全てがアダム・スミスの本を読まねばではないかとか、私は当時たくさんの反論を教授に対して用意していたのですが、ついにそれは行いませんでした。

私の恩師の哲学教授は、つまるところ人間の善性というのを徹底して信じていて、仏教哲学では道元の仏性とか、カントの道徳法則、ロールズの正義論とか、彼はいかに人間が良い存在であるかと語るのが好きでした。

さて、話は戻るが、そうしたアダム・スミスら古典派経済学の批判からマクロ経済学、ミクロ経済学、マルクス経済学が出てきたのは間違いないと言えます。ある意味では彼らは性悪説を信じているのであり、人間と、人間が作り出す市場にはある意味ではコントロールが必要と考えるのです。

⚖️ 経営学とミクロ経済学の違い

たとえばミクロ経済学は損益分岐点というのがあり、それを下回ったら事業を縮小したり、撤退したり、あるいは別の投資をして売り上げを増やさねばならないと教えます。普通の経営者だったら当然の事ですが、教科書や事業計画書通りに企業の売上は常に一定だとか、信じ込むことは無いのですが、人によってはそれが不変であるとか、損益分岐点を下回ってもある程度は事業を続けるべきだと考える人もいるのかもしれません。

企業というのはチーム経営でない限り、経営者の判断によって運営がなされます、だからその経営というのもやり方は千差万別です。

ミクロ経済学が企業経営に関するものだとすると、では経営学とどう違うのか、経営学とはそもそも何かという問いが出てきます。私は経営学科に四年いてもその問いは解けませんでした。私が三年次経営文化コースという、一番単位が取りやすくて楽な授業を選択したからでもありますが、他の授業を選択した人たちも、そこで語られるのは経営学ではなく、金融論や財政学、会社法であったり、経営に関係はするが、経営学とは直接関係のない物なのです。

今思えば当たり前で、本物の経営者は経営学科には一人もいませんでした。多くは大学、アカデミズムから出たことがない人達が教授や講師で、民間企業勤務経験がある人はそれだけましな方でした。経営者ならばわざわざ大学の先生になる必要はないのです。

💡 結論:私の中での暫定的な定義

終わりになりますが、私の今の所の経済学とは、人類を幸福に導く方法、それも貨幣とか商品とか、自然界に存在する物質で行うものだと思っています。

経営学に関しては、かなり前から非営利事業体の経営とか、政府機関の一部経営とかも広く経営学の分野とされてきて、いまいち定義付けが難しいのですが、組織と言う物を数字や財、所有物、いわば資本を用いて利益を出し、運営していくものと言えましょうか。

私の大学は反テイラー経営学の学者が多く、企業は利潤を追求するもので、企業の継続性のためにそれは必要という考え方に反する思想を持っている方が多くいました。確かに今は企業を成長させて、それを売却してしまう選択肢もあるため、必ずしも継続性の為とは言えなくなっていますが、広く組織を運営するための処方箋とでも今の所は定義付けてもよさそうです。

経済学 #経営学 #経世済民 #マルクス経済学 #アダムスミス #ミクロ経済学 #マクロ経済学 #コーポレートガバナンス #大学生活 #明大経営
個人事業主の星個人事業主の星
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臼井優

臼井優

同じく、経済学部編
経済学てなんですか?
ちなみに、「経世済民」が語源です
お金の流れを通して、世の中、国民の生活を良くすることを考える学問です
(さっき、自分でキャッシュ「フロー」って
言うとったやないか…)
で、ゼミや研究テーマ…え〜ん🥵
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蘇我霊玄導師准尉

蘇我霊玄導師准尉

政治の本質とは何か?政治の本質とは何か?

回答数 72>>

経世済民。企業連携。徴税分配。
これ以外に無いんだよ。革命や暗殺されないから金持ち共はふざけた事やれんだ。ソ連が崩壊してから大企業は安心し切ってる。日本赤軍も解散したしテロ起こす連中が居ないからな。
政治とは国家の運営でありその源となるのは国力に成る治安、経済、軍事である。根本は国民の意識なのだが不道徳で目先の生き方しか示さない教育が蔓延して居るのが大問題だが理解されない。
哲学哲学
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にゃんこ先生

にゃんこ先生

あんどう裕氏も当確、素晴らしい😹

この方も、
自民党時代から注目してきた"人物"です。

地味だけど、"心ある保守"にして、やり手。

何年かオンラインサロンに入って情報を取っていたこともありますが、思想も人柄もとても信頼できる方だと感じています。

経済学の天才、三橋貴明氏との親和性も極めて高い。

自民党時代、"経世済民"の精神で、積極財政の勢力をかなり強めていったところで追い出されるような形になってしまった。

自民党時代に抑えつけられていた本当の力を発揮されるのではないかと期待してます。

本当に政党じゃないよ。

一人一人の"人間"を内側からよく見よう。
それにはまず、自分の内面を見ることから。

安藤先生、おめでとうございます😹
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象山ノート

象山ノート

6 🐔 パンピーでも分かる、畜産の“自給率”の真実


象山ノート
象山ノート
2025年6月19日 09:21
第6章:パンピーの誤解と“緊縮脳”──なぜ真実は届かないのか?

「税金で生きてる公務員がムカつく」
「国の借金があるのに、支出を増やすな」
「自給なんて無理。安い方が得でしょ」
──こうした声は、実に多い。SNSにも、リアルな会話にも。

でもそれらは、すべて**“刷り込まれた誤解”に過ぎない。
その背後には、「士農工商」ではなく、“商”が頂点に来た現代の価値観の転倒**がある。



① 本来の経済は「経世済民」

「経済」とは、そもそも**経世済民(けいせいさいみん)**──
すなわち「世を治め、民を救う」ことを意味した。
• 国の目的は「民の命と暮らしを守ること」
• そのために、国家が仕組みを作り、制度を設計し、財を分配する

それが“士農工商”という順番だった。

👤「士」──政治と公共を担う者
🌾「農」──食と命を支える者
🧵「工」──モノづくりで豊かさを生む者
💰「商」──流通を支える者

だが、今の日本は?

🏦「金融と商」がトップに立ち、「農」は切り捨てられ、「士」は叩かれ、「民」は疲弊している。

これが“緊縮の国”ニッポンの実相だ。



② 「税金で飯を食ってる」というルサンチマン

公務員や福祉支出を「税金のムダ」と叩く人がいる。
だが、国が公共に投資し、雇用を作ることは、本来は最も健全な通貨循環だ。

💡 民間だけでは絶対に回らない“公共”こそが、国の存在理由
💸 税で財源を論じるのではなく、公共の必要性で支出を決めるべき

それを“自分の負担感”だけで叩いてしまうのは、
民の中に「国家の構造」が届いていない証拠でもある。



③ “商人の論理”が支配する時代

現代日本では、「コスパがすべて」「安ければ正義」という
市場原理主義の価値観が社会の根っこに食い込んでいる。
• 食料も教育も医療も、コストでしか見られない
• 「いかに効率よく」「いかに最小コストで」と、国までがビジネス論理に陥っている
• その結果、「国家とは何か」への関心が薄れ、政治は遠ざけられた

この思考停止こそが、“緊縮脳”を量産している土壌だ。



④ パンピーに届かない“国家の設計図”

あなたがどれだけ理論的に語っても、
「俺らの生活には関係ない」
「難しい話しても腹は膨れん」
と流されてしまう──それが最大の壁。

だが、これは逆に言えば:

🔄「腹に響く形で伝えれば、意識は変わる」
🍚「鶏肉が食えなくなる」「スーパーの棚が空っぽになる」
そういう話から、国家・通貨・財源を“現実”として引き寄せられる

これこそ、**“パンピーから始める国家論”**の起点だ。



🔚 第6章のまとめ
• 経済とは「経世済民」、命と暮らしを守る国家の術だった
• 現代は「商の論理」が政治を侵食し、「農」と「公共」が軽視されている
• 緊縮思考と“税金憎し”の感情は、無知というより“設計図が見えない”から
• だからこそ、“生活から国家を解く”知の投石が必要なのだ
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