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もちぐまん

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「さ」から始まる名前の母が祖母からずっと「ちゃ」と言われてて不思議だったのだけど、自分の娘も「さ」から始まる名前になり、現在「さー」から「ちゃー」に変化しつつありなるほどそういうことかと合点。
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レッサーパンダ

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祖母の嫌いなところ

祖母は、学費などを親の代わりに多額のお金を出してくれました。100万以上出してくれましたし、それが父方の祖母であることは事実です。

しかし、祖母は金銭的な援助をしてきた一方で、到底許せない言動を繰り返してきました。
母の両親が離婚していることについて、この父方の祖母は、「母の父が浮気したからだ」「不倫して別れたんだよ、まあ知らないけど」などと、根拠もなく、しかも私本人に向かって言ってきたのです。
私本人に言ってきたんですよ?

あと町中にこの噂を広めています。
うちの家族のことについても平然と全て噂を回してきます。
孫にこんなこと平然と言うんです。

しかし、これは完全な嘘です。
実際には、母の母は病気で亡くなっており、離婚ではなく死別です。
フリンしてたなんてこともないし。
その後、母の父が一人で母を育てました。
事実を知りもしないくせに、人の家族の人生を勝手に貶める発言を、よくもできるものだと思います。

さらに、父方の祖母は、会うたびに必ず私の容姿を執拗に指摘してきました。
一度や二度ではありません。何時間も、延々とです。しかもしつこく毎回会うと必ず言ってきます、

成人式という、人生に一度の晴れの舞台ですら例外ではありませんでした。
祝うどころか、私の容姿に対する否定的な言葉を浴びせられました。
その瞬間、この人たちは「支援者」でも「親戚」でもなく、ただの加害者だと確信しました。

もう感謝などできません。
無理です。
金を出したから何を言ってもいい、何を踏みにじってもいい、そんな理屈は存在しません。

正直に言えば、
こんな人間たちから金を受け取ってしまった自分を、心底後悔しています。



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''ฅみるく🐾໊

''ฅみるく🐾໊

ちょっと相談事いいかな?
久しぶりに辛くて、今すぐ家を出たくて。
少し疲れたから、私の心境を綴ります。



私は21歳で専門学校3年生の26卒の就活生
面接結果はボロボロで現段階での内定は0だ。
担当担当の方から言うには『面接はすごく良かった。でも、勤務地の関係があってすごく遠く引越しが前提』と言われてしまう。
本当なら、勤務地に合わせて引っ越しするのが理想的なんだけど、私は家庭内のこともあってそれは叶わないんだ。
こうなってしまった理由を解説していくね。

まず、私の家庭環境。
ごく普通の両親の元に生まれた一人娘。
私が小さい頃に、母のお腹に妹か弟がいたけど流産してしまった。
それが原因なのか、家庭内は荒れてしまい母は精神病を患った。
それから、事件は起きた。
所々、記憶が抜けているから全部は思い出せないけど、頑張って書いてみる。
それは私が3歳の頃。
そのとき、両親と一緒に暮らしていた。
私の記憶では、公園にいて楽しそうに遊具で遊んでいた。
そして、次の瞬間私の意識は闇の中に吸い込まれていき____
気が付いたら、病院にいて沢山の器具が付けられていた。
体を動かそうと動けない。
そこへ父の両親が来た。
この人達を祖父母って呼ぶね。

そこから、私の治療が始まった。
診断結果は、私の頭部の左側に大きな損傷を負っていた。
具体的に、どんな治療をしたのか覚えていない。
でも、お医者様に恵まれていたみたいで瀕死状態の私を助けてくれた。
顔は覚えていないけど、すごく優しい男性のお医者様だったのは覚えてる。

そして、病院を退院したときのこと。
私は祖父母宅に引き取られた。
どうやら、私の記憶を制御するためらしい。
それから小学生になると、私は度々早退や欠席をするようになった。
風邪を引いているわけではなく、病院に行くためだ。
退院した病院に通院すると、必ず採血が行われる。
そのときは、病院内を走り回って1時間ぐらい逃げまくってたかな。
病院に通院したのは、小学校3年生ぐらいまでかな。
そして、父も日曜日に顔を出しにくるようになった。
父が顔を出しに来たのは、小学校時代の毎週日曜日。
お盆と正月には母も来ていた。

そして、現在。
私はもう10年 母と再会できていない。
いや、家に訪問しに来たけど、専門学校の費用を渡しに来ただけ。
そして、今は就職活動中。
田舎ということもあって、都会に引越しは確実。
でも、親は私を一人暮らしさせるつもりはない。
私は、一生ここにいるのだろうか。
そんなある日、私は祖母に聞いてみた。
『どうして、私はずっとここにいるの?』
そう聞くと、祖母はこう言った。
『あんたは、母親に×されそうだったんだよ』
そう真実を打ち明けた。
どうやら、私が『公園へ遊びに行き遊具から落ちた』という認識は違っていた。
本当は『母が私を突き飛ばして机の角に頭を打った』と話す。
更に、話を聞いていくと児童養護施設や警察が出動する事態になる寸前だったんだって。

それからというものの、私の髪の毛はもうしばらく切っていない。
ショートにしたのは、小学生とかその辺だ。
だって、私の頭部には『一生消えない傷』が残っているから。
だから、就職先は『地元』にしなさいという助言が刻まれてるから引越しはできない。
『1人じゃ何も出来ない』
これが、私にとって繋がれている言葉の鎖です。
#私の幼少期
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