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2023年1月夜。
もうすぐ寝ようかというタイミング。どうしても夫と見たかったポケモン1008の動画をリビングで見ていると、足元から息子がいなくなった。
始まったときは確かに手の届く範囲にいたし、立ったまま見てたから視界の範囲内に普通に今もいると思い込んでいた。
5分後に「いない!?」と大パニック。
息子は歩き出すのがやや遅くて、12月に2.3歩いけるようになったばかり。完全自立歩行とまではいかない。
確か幼い子どもが家から出ていって行方不明になった事件があったばかり。
幸い今回は玄関窓その他の鍵は閉まってる。寝る直前だったから階段のゲートは開いていたけど、さすがにひとりで上れないだろうし、覗き込んでも姿がない。
ソファの陰、台所の暗がり、夫の部屋、いない。1歳7ヶ月、呼んでも返事できない。
家の中から出ることは第三者の大人が連れ出さない限り不可能。
2人で息を殺して耳を澄ませる。何も聞こえない。ヤバい。
外に出たなら早く追いかけないと。そうは言っても掃き出し窓は雨戸だし、玄関も勝手口も大人の高さに鍵がある。踏み台の痕跡なしに出て行きようがない。
クローゼットの引き戸に手は届くかもしれないが、持ったまま後退して開ける、中から閉めるのは考えづらい。
無いと思うけど2階行く?それでいなかったらどうしよう、と名前を呼びながら2階にあがる。

電気をつけたが廊下にいない。
これはヤバい!!

ただ、チッ⋯チッチッ⋯とかすかな音がした。
息子が右手の中指と薬指を吸う音。

廊下の突き当たり、いない。
ドアの開いてる寝室、いない。
使ってない空き部屋、いた。

ドアも閉まった真っ暗な何もない部屋で、息子は、特にこれといった感情もなさそうな顔で座っていた。
「おん、来たんかえ」ぐらいのどっしり感だった。

それから壁を伝って階段を上り下りする練習と、名前を呼ばれたら返事をする練習を始めた。
幸いあれから見失ったことはない。
育児・子育ての星育児・子育ての星
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かりん

かりん

これは独り言です。

自由な時間を与えられたからと言って浮気をするような奴はそもそも倫理観がバグっているので、束縛が嫌とか言う前に束縛してもらえる価値もないと思います。

浮気云々の前にバレてやばい事をするなら墓場まで持って行く覚悟と確実に痕跡を隠す努力をしなさい。できない奴は阿呆なので返品処理しましょう。

いつもこのマインドで生きていこうと思うんだ。
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たんぽぽ稲葉。

たんぽぽ稲葉。

この痕跡…コーヒーか飲み物か…?


なんだか、ニョウだな。。。
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はも

はも

本の皺 見えない同志の痕跡
自由律俳句の星自由律俳句の星
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トート

トート

大神神社に行って来ました。ギリギリ御登拝、間に合うタイミングだったので、バタバタでしたが、良いお詣りになったと思います。

なぜか途中で檜原神社の三ツ鳥居のインスピレーションが来たので、えーマジかー!?と思いつつも、山之辺の道で行って来ました。

帰りにいつもとは違うルートを歩いてみたんですが、知ってはいたものの、今まで一度も行ったことがなかった大神神社の摂社に行きました。富士神社・厳島神社、神御前神社です。前者のところには千手観音の石仏がありました。大神神社は主要な神社だから当然なんですが、幕末の廃仏の動きが激しくほとんど仏教の痕跡が残ってないんですよね。ここは珍しいです。後者は、ここ、三輪山を遥拝するにはベストポジションではないかなと思いました。女神様のいらっしゃるところです。

帰りに生國魂神社に寄って来ました。なんか会社のご祈祷かな、なさってて、笛も聴くことが出来て、嬉しかったです。
神社好きの星神社好きの星
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重めのジョナサン

重めのジョナサン

私の番が来た

私は最近、ずっとエッセイを書いている。
決意や覚悟があったわけではない。
気がつくと、書いていた。
あるとき、ふと思った。
私はなぜ、こんなにも
言葉を探しているのだろう、と。

私はいま、生きるという行為のただ中にいる。
違和感があり、喜びがあり、
説明しきれない手応えがある。
そして私は知っている。
それらは時間が経てば、やがて私の中に沈んでいくということを。

だから私は、言葉を残しているのだと思う。
それが何だったのか、
あとから確かめられるように。

子どもの頃、
周りの大人たちは確かに生きていた。
それぞれの人生があり、生活が流れていた。
苦労も、戸惑いも、喜びも、傷もあった。
いい顔をしている日もあれば、
世界の終わりみたいな顔をしている日も。

でも、不思議なことに、
それが何だったのかを語る人はいなかった。
どう通過したのか。
そのとき何を受け取り、何を失い、
何が残ったのか。
誰も言葉にしなかった。

ただ、生活だけが流れていた。

私自身の生活も、同じように流れていった。
そのなかで、私はあることに気づいた。
私は、
私として立っている時間と、
そうでない時間を行き来している。

たとえば、SNSを見ているとき。
どこの誰かも知らない人の言葉に、
批評家のような顔をして
「分かったこと」を言いそうになる瞬間。

そのとき私は、
何も引き受けていない。
世界と距離を取り、
自分を安全地帯に置き、
頭で組み立てた理屈を
真理のように語っている。

その瞬間、私は不在になる。

また、
自分で決めた目標を
自分で淡々とやっているだけなのに、
気づけば「上位何%か」
を検索している瞬間がある。

そのとき私は、
現実に意味を付け足している。

だから私は凄い。
だから私は価値がある、と。

このとき現実は、
私の生ではなく、
意味に置き換えられている。

不在と置換。
どちらも、現実を歪める。

不在は、
起きていることへの当事者性を失わせる。
世界はセピア色になり、
私はどこにもいなくなる。

置換は、
世界を概念や役割や物語に押し込める。
生はデフォルメされ、
ラベルだけが残る。

私は、そのどちらにも留まりたくないと
強く思った。

私はいま、
自分として立つということを
通過し始めている。

なぜ、言葉を残したいのか。
それが、少しずつ分かってきた。

私は、自分がどこに立っているのかを
確かめているのだ。

子どもの頃、
誰も語らなかったあのブラックボックス。
生きるとは何か。
人と関わるとはどういうことか。
自分でいるとは、どういう状態か。
それを、私は理解したい。

正解としてではなく、
通過として。

私は知っている。
この手触りは、
いつか必要な時間が過ぎて、
私の中に落ちていくだろう。

でも、その前に、
ちゃんと言葉にしておきたい。
これは主張ではない。
啓示でもない。
誰かを導くためのものでもない。
ただ、
私がここを通ったという痕跡だ。

私の番が来た。
それは何かを成し遂げる番ではない。
何者かになる番でもない。

自分として立ち、
通過し、
その手触りを引き受ける番だ。

私はそれを、
丁寧に、
言葉にしていく。
GRAVITY
GRAVITY2
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