関連惑星
高校生の星
11520人が搭乗中
参加
高校生の星です!07〜09の高校生の方カモン!!
医療学生の星
9373人が搭乗中
参加
医療学生さんのための惑星です😌
皆さまで悩みや情報を共有しつつ、前向きに頑張りましょう🤗✨
高校生の集まる星
7030人が搭乗中
参加
中高校生きてね!!たまにおじさん入ろうとしてくるけど普通に蹴るよー
高校生話そうの星
5729人が搭乗中
参加
はじめまして
しーちゃんです
高校生のみなさんと話して仲良く話したいなと思って、惑星を作ってみました!
入りたい人は、是非!✨
ルールは、特になし!
でも、違法に当たるものは、通報させていただきますので、くれぐれも気をつけてください
婚活の星
4112人が搭乗中
参加
「婚活」に掠っていればどんな投稿でも歓迎です!
生きててえらいの星
2580人が搭乗中
参加
今日もえらい🏅
花彩命の庭の星
1964人が搭乗中
参加
静かに花弁が舞うとき、その一枚が君を選んだ。
笑って生きていこの星
1856人が搭乗中
参加
【笑って生きていこの星】since 2025.10.12
惑星のコンセプトは
「笑顔は幸せを惹きつける」「しあわせの連鎖」
疲れた時にふと眺めて笑顔になれる
温かい惑星です🥰
⭐️見る専・投稿ゼロ大歓迎
ゆるく楽しむための惑星です♡
⭐️投稿は自分が笑顔になった瞬間や
前向きな言葉のみ♡
心の栄養ドリンクになりますように🪽
ご搭乗をお待ちしています☺️
小•中学生子育ての星
1697人が搭乗中
参加
小学生・中学生を子育て中の方で作る星です。
日々の出来事を共有して笑いあったり、
お悩みや苦労を共感して励ましあったりする
そんな優しい場所としてご活用下さい♪
学生募集中の星
1326人が搭乗中
参加
学生募集中です!
気軽に参加してください!
人気

you
回答数 28>>
D
回答数 403>>

T.R

いつか、どこかで
回答数 300>>

バッグクロージャー

凛堂し
もっとみる 
関連検索ワード
新着

ユッキー
色々試さなきゃな〜
#笑って生きよう #悩み #一生に一度はやってみたいこと

sasakama

すいみん
人に頼らない方法であれば、何か簡単なことでいいから結果を出して自分を褒めること。例えば前より良いテストの点数をとったり、ボランティア活動をしてみたり、とにかくなにかする。あとは人と比べるせいで自分を下げてる人もいるから、もっと他人に無関心になるのがおすすめです。どれも時間はかかることだけれど自己肯定感は低いよりは高い方が気分いいですよーー

タチバナ
1月25日の活動分です!
今日は手のクロッキーをしました。
続けやすいように
まずはクロッキーや模写をしていきます。
またこれに加えて
今までこだわっていた自己流の範囲から
新しい方法もちょこっとずつ取り入れてみたり
失敗しても良いので挑戦して描いてみることも
やってみようと考えてます!
高校生の時に買って
全く埋まってなかったクロッキー帳…
今度は自分の描いた沢山の絵で
埋めてあげようと思います!


yo
親愛なるきみへ

エントロピー
最高峰の学問マスターと仏陀とバブみと
ヤンチャのルーツと「究極のプッツンや規格外」の両端を担う事に学問してよかったゼーと
「同時にクソ真面目くんら」が抜けてるとこを書いてるつもり、国民には期待しない、知らないに決まってるからだね.
見沢さんは10代の頃から左翼活動に参加、まもなく右翼に転向。新右翼の統一戦線義勇軍でイギリス大使館火炎瓶ゲリラ事件やスパイ粛清事件(殺人事件)を起こし、実刑判決を受けて12年の獄中生活を送る...
という、生涯が超絶にハードモードな人でした。
獄中で執筆した小説が新日本文学賞の佳作となり、出所後、作家デビュー。96年に出版された獄中手記の『囚人狂時代』(ザ・マサダ、1996年/新潮社、98年)はベストセラーとなり、97年に発表した『調律の帝国』(新潮社、1997年)は三島賞候補になりました。
しかしその後、長年の獄中生活によるPTSD、及び向精神薬の大量摂取などにより次第に心身に異常をきたし、2005年、マンションの8階から飛び降り死亡。享年46でした。
見沢さんとの出会いは新宿某所で行われたとあるサブカル系のイベントで、その少し前に文庫本の『囚人狂時代』を読んでいた私は、それまでの人生で見たことのない人種である見沢さんを前にめちゃくちゃ緊張したのを、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。
それをきっかけに見沢さんとは手紙のやりとりが始まったのですが、まもなく私は見沢さんに文章の添削をしてもらえるようになりました。
当時見沢さんはその少し前に脳梗塞で倒れていて、明らかに心身ともに下り坂に入ってきていました。
それでもその頃はまだいくつもの雑誌の連載を持っていて、紙媒体の連載どころかデビューすらできていなかった私にとって、書く媒体を多く持つ見沢さんの立場はうらやましい限りでした。
ところが、見沢さんはいつも口癖のように私に言っていたのです。
「エンタメでいくら売れても仕方ない。俺は人を殺しているから、純文学で賞を獲らないとプラマイゼロにならないんだ」
申し訳ないけれど、当時の私にはその意味がまるでわかりませんでした。こんなにあちこちから引っ張りだこの人気作家さんなのにどうして? と思ったのです。
確かに賞を獲るのは良いことだけど、そのために身体まで壊してしまっては意味がないではないかと。
見沢さんは無頼派というのでしょうか、昔気質の作家さんで、多くの作家が執筆をPCに切り替えている中、あくまでも手書きの原稿用紙にこだわり(しかも稀代の悪筆)、太宰、三島、川端と、今からみれば常軌を逸した作家たちにならおうとしていたところがありました。
死ぬときは前のめり、が生前の口癖だったくらいで、人生は太く短く、国士が50過ぎて生きるなんてみっともない、などと常日頃から言っていました。(そして本当にその通りになってしまいました)
でも、これは後年いろんな作家さんを見ていてわかったことですが、ここまで極端に走らなくても賞を獲った作家さんは大勢います。
最初にエンタメから入って文学賞を獲った人なんて山ほどいますし、ましてや今はお笑い芸人さんやタレントさんが芥川賞を獲る時代。
良いものさえ書けばそれまでの経歴などまったく関係ありません。
けれど、私のその声が見沢さんに届くことはありませんでした。
賞フォビア(恐怖症)と私が名付けて見沢さんに笑われたその現象は、ほとんど見沢さんにとっては強迫観念に近いものでした。賞を獲らなければ自分には生きている価値がない、という思い込みは、死に至るまで見沢さんを支配し続けていたようです。
私は今でも思います。
なんで見沢さんは、純粋に文章を書くことを楽しむことができなかったのだろう、と。
私は見沢さんがエンタメモードの時の文章が好きでした。洒脱にして軽妙快活、善も悪も酸いも甘いも、すべて不謹慎すれすれの笑いのオブラートに包んでしまう。
その突き抜けた明るさに、社会の片隅に生きる人たちがどれほど救われたことでしょう。
あるとき私は見沢さんに正面きって聞いたことがあります。
エンタメの文章書いてるときって楽しい? と。
楽しい、と見沢さんは即答しました。でもそのあとにまた言いました。
楽しいだけじゃ文学はできない、あれは身を削って書いてナンボ、そうしないと人の心を鷲掴みにする文章なんで書けないんだ、と。
私は、作家の自死の多くは事故だと個人的には思っています。
ギリギリのところまでいかないと手にいれられないものはある。
見沢さんは常々そう言っていましたし、それはその通りだと思います。芸術の世界のことはよくわかりませんが、世の中にはそこまでしないと行けない高みがあることも知っています。
けれど、そのたびに胸のどこかに痛みが残るのです。
なんであんなに真面目に頑張っていた見沢さんが、死ななければならなかったのかと。
俺みたいなのが生きてるうちはまだこの社会も大丈夫なんだ、と生前見沢さんは笑いながら冗談めかして言っていましたが、その見沢さんが自ら命を断ってから今日で19年になります。
今日、そういえば命日だった、と思い立ってお墓参りに行ってきたのですが、午後になるのに他に誰も来た形跡のないお墓の前で、花を手向けて手を合わせているときに私はふと思いました。
見沢さんは、もっと楽な方へ逃げても良かったんじゃなかろうか。
もっと適当に、あいまいに、純文学がダメだとわかればてらいなく一時撤退、そしてほとぼりが冷めた頃にまたしれっと文壇に戻ってくる。
そういう図太さ、したたかさが、もっとあっても良かったんじゃないか。
これは私が見沢さんの亡くなった歳を過ぎて初めて見えてきたことです。
ひとつのことをいっしんに磨き、生涯かけて鍛錬する。
それは確かに素晴らしいことです。そんな風に人生を送ることができたらどんなに誇らしいことでしょう。
だけど、大抵の人間はそうはいきません。
ほとんどの人はなにかに挫折し、軌道変更をしながら生きてます。
私もそのひとりです。
長い間、ひとすじになれないことがコンプレックスになってきました。今もそうです。
今こうして文章を書いていても、おまえはなんでもっとひとつのことに真剣になれないんだ、という心の声が聞こえてきます。
でも年をとるにつれて、その声に愚直に従うことは命とりだと思うようにもなりました。
ひとつのことにいっしんになれる人の大半は、恵まれた人たちです。
才能や環境に恵まれた、そうすることを許された人たちです。
もちろん、異論はあると思うのですが、少なくとも見沢さんは環境に恵まれていたら、あのような最後を迎えることはなかったんじゃないかと思います。
青春期の大半を独居房の中で過ごし、出所してからも急に入ってきた大金の使い方がわからず、暮らしに困っても作家・見沢知廉であることを決して捨てようとはせず、職業を離れたひとりの人間としての逃げ道を作らなかった。
どうして、もっと楽に、ひとりの煩悩深い兄ちゃんとして、楽しく生きられなかったんだろう。
私もかつては賞を獲り、ベストセラーを出さなければ一人前の社会人にはなれないと思い込んでいました。
でも今は、そうなったらいいなとは思うけれど、もはやマストではありません。
「ねばならぬ」の危険性は見沢さんを見て学びました。自分のアイデンティティと職業を同一化してしまうことの危うさも。
なぜなら、これはうまくいっているときはいいですが、需要がなくなったら終わりだからです。
でもそういうとき、職業をはなれたひとりの人間として受け入れられるコミュニティをあらかじめいくつも作っておけば、仕事で挫折した時もそこまで自分を追い込まずに済みます。
私は紆余曲折の結果、その道を選びました。
書くことは軸にありますが、その他にも興味のあることは片っ端からなんでもやります。
不慣れな分野で要領を得ず、お前は邪魔だと年若の人に乱暴に突き飛ばされてもです。
そんな私を人は器用貧乏と呼ぶのかもしれませんが、そう言われても構わない。追い詰められて命を取られるよりはよっぽどましだと思います。
それが、私が19年前、師匠の訃報を聞いたときに学んだことです。
ただ、それでも。
私の家にはGIジョーの零戦版フィギュアという、おそらくマニアにとっては垂涎もののお宝に違いない人形が置いてあります。
それはいつだったか、見沢さんが「いつも世話になっているから」と嬉しそうに私にくれたものです。
この、インテリアとしてはことごとくどの部屋にもマッチせず、仕方なく納戸の棚の上に置いたまま何度もの引っ越しについてきているこの人形を、
表情の読めない顔をして凛と立ってるこの人形を、
私は未だに、捨てることも、売ることもできずにいるのです。

ユッキー
質問募集中!
私に質問してくださいね。

Susu
優しい人、信頼できる人ももちろんいて、その人たちは例えば何か誤りに気づいたとき「間違っていたから、こうしておいたよ(情報共有)」で全て解決してくれるんだけど、だるい人は「こう間違っていたけど、どうするの?笑」って感じ。どうしもしないわ。呼ぶな。一瞬で解決する内容だろうが。私1年目、お前ら10年以上やってんだろ?歳だけとるんじゃねえよ。
口だけ出してきてむかつきすぎるので、1日そのグループでの活動がある日は、後半大抵キレ気味に『いや、もうここはこうするのでいいっす』でぶった斬って無視してる。
ときどきもらえる、信頼できる人たちからの「忙しいのに、やってくれてありがとうね」が染み渡る。そういう人たちが偉くなりそうでよかった。
BIGCAT
夜には落ち着いてきたし
天気も良かったし
神社に行ったり
初めて行くパン屋に行ったり
楽しい一日だった!
1/25(土)のグッドシングス
①神社に行った
②抹茶とお菓子をいただいた
③巫女さんの舞を見た
④美味しいおこしゲットした
⑤天気良くて気持ちよかった
⑥股関節かなり痛かったけど夜には治った
⑦いつも歩かないとこをお散歩した
⑧お手頃で美味しいパン屋さんに行った
⑨カレーパンが特に美味しすぎた
⑩色んなお買い物した
11.少し創作活動した
12.梅を見た
13.人間ドック用の問診票書いたり準備した
14.豊臣兄弟見た


➵𓏲𑁘怜央☾✟
もっとみる 
おすすめのクリエーター
BIGCAT
優しいSNSに癒しを求めてきました。日々の呟きや、グッドシングスをしています。イイネやコメント嬉しいし大歓迎です。でも批判やお説教は心の中だけでお願いします。
フォロワー
0
投稿数
3318

いつか、どこかで
いつかとお呼び。
深窓の引き篭り。
フォロワー
0
投稿数
2148

エントロピー
色んな架空や仮想を操ります
この世は実は「仮」の方が生きやすくてね
現実は犬も食わぬなのかなーって
メタバースやシンギュラリティに凸して、早くと思いつつ純粋な人間性だけは現実で生きにくいので、そうしてるてのはあるねこの世は安らぎが必要
フォロワー
86
投稿数
1396
D
04
大学生♂
魚座♓️
B型
フォロワー
0
投稿数
416

T.R
フォロワー
0
投稿数
295
