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ふうりん𓂃𓈒🎐
#節分と鬼と私の家系の話
そういえば今日って節分なのね💡
突然ですが
私たち(ふうりん家)に節分の日はありません
節分の豆撒きは代々禁じられてるのだ👹
93歳のひいおばあちゃんが昔から真剣に
語ってきたことらしいんだけど
私たち
どうやら鬼らしいわ😂
鬼の血流れてるって…w
鬼滅かよ🤣 見たことないけど🤣
けど
ひいおばあちゃんの言葉を甘くみた
うちの兄弟は 幼い頃に豆を撒いてしまい
もれなくみんな目を怪我した😵💫
私を含めて…(撒くな)w
それ以来 撒く事は一切なくなったわ
節分の豆は
魔(鬼)の目を滅するという意味が込められてる
という説があるんだけど
だから目をケガしたのかな?って👀
単純に 撒いた豆がこっちに
かえってきちゃったのかなと💡
どうかしてること言ってるのは自覚してるし
鬼の血云々の真偽なんて確かめようがないから
私もよく分からないままだけど
実際に豆撒きが禁じられてきたことは
事実らしいし
実際に恐ろしいことがあったよなって
過去の謎エピソードでした( ᴖ ·̫ ᴖ )👹

なめこ♊桂
回答数 17>>
リーチ双子も兄弟に欲しい双子好きなんで
はい。ただいま現実逃避中〜…
てか個人的にレオナは普通に愛でてあげたいなぁ

シンイチ
父親が外から皿の調味料をを家の中に入れてくれと言ってきたんですけど階段の手すりの上に置いけば当然滑って落ちますそれで皿が割れてそれをこちらの不注意ではないかと怒られますこれには当然反論しましたそこで目が覚めました誰か夢の深層心理に詳しい方過去の夢も含め解説お願いします#質問をしたら誰かが答えてくれるタグ

sun☀️
伝えていることがたとえ
同じ内容であっても、
自分のことをリスペクトすると
それは文章に表れる。
そうすると周囲の人も
それを変えさせようとしてこなくなる。
だって
もうその姿で幸せそうだから。
その人にとっての最適解が
そのやり方だったんだなって
自分の経験則とは別に
素直にそのまま受け取れるから。
自分の内側へのリスペクトや納得感は、
外側からのリスペクトや納得感として
目に見える形で返ってくる。
そうして互いにリスペクトし合える、
そんな人たちと立ち並ぶ世界線になっていく。
そんなことを学ばせてもらった。
私が他人の目を気にして
これまで中々書けなかった文章がある。
それは、藤井風のとある曲に
でてくるこの歌詞。
『与えられるものこそ 与えられたもの
ありがとうって 胸を張ろう』
理由は分からないが
この文章がずっと頭に残っていた。
家族から与えられてきた
と思うことと、
家族から与えてもらえなかった
と思うこと。
これらはオセロのように
どちらかを採用すると
どちらかを否定しないといけないような。
そんな感覚がどこかずっと苦しかった。
でも改めて思うのは、
これらは二者択一じゃない。
両方とも、私の中にある要素だった。
私の中に溢れてくる愛。
それは、幼い頃ばーちゃんが
してくれたおんぶだったり
私をお膝に乗せて刻んでくれた
リズムだったり
社会人になり1人で抱えきれないときに
母が付き合ってくれた長電話だったり
父が連れて行ってくれた
ラーメンやさんだったり
そういうところからきている。
だから私はその愛をもって
これまで沢山の人に優しさを届けてきた。
そこを自立の為に全否定しなくても
別に良かったんだ。
私の一部として、
誇りに思って良かったんだ。
その気持ちを持つことと、
家族にしてもらえなかったことを
丁寧に見つめることは
決して矛盾しない。
それは
時に家族を全否定することから
得られる気付きはもちろんある。
というか、それでしか
始まらないとも言えるのかもしれない。
そこを切り離さないと
真実は見えてこないから。
そのうえで自分は
何を満たしてもらえなかったのか。
それに気付いたら、
あとはそれを自分自身で満たせる
ようになっていけばいい。
そうこうしているうちに、
私の場合は、
家族を否定するとかしないとか
そういうことではなく、
『“自分自身“の人生を生き切ること』
そのものが主題だったことに
気づいた。
家族のことは大事にしてもいいし、
大事にしないときがあってもいいが、
いずれにしてもそれは全然主題ではない。
主題は“私“が私らしく、
生き生きと生きること。
その他のものは
もはやおまけ、のようなものだ。
そしてそれはどんな友人や
たとえ1番近しいパートナーであっても
“私“という優先順位は揺らがせない。
会いたい人にはどんどん会うし、
やりたいことはどんどんやる。
その逆も然り。
その匙加減は全て“私“が決める。
つまり主語は、
そして主人公は、
常に“私“なのだ。
それこそが私なりの解だったんだ。

ひかげ
自分の元々の能力が高いから人を育てることに向いてない。自分ができてしまうからなぜ他の人がそこで躓くのかがわからない。結果相手が真面目にやってないからだと思って強く責め立ててしまう。
そんな気がする。
それに気づいたから許せる
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