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あき

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おめぷろ

おめぷろ

「10メートルの空白と」

クリスマスの夜、私は飲みすぎていた。
街は明るく、寒さだけが誠実だった。

友人と並んで歩き、理由もなく神社を二つ回った。
一件目でおみくじを引き、ああだこうだ言い合う。冷えた手元と、冷えたフトコロ。運勢より現実のほうが厳しかった。
そのころから、心なしか体が変だった。

何も考えず、二件目の飲み屋へ向かって歩いていた。
考えなかったのが、たぶんいけなかった。

異変は突然に来た。
前触れはあれど、合図はなかった。
人生の重要な局面にしては、あまりに不親切だった。

私は歩いた。
とにかく歩いた。
文明を信じて、コンビニを目指した。

見つけたコンビニの中には張り紙があった。
「貸し出していません。」

短い。
冷たい。
交渉の余地が一ミリもない。

意識が少し遠のいた。
なのに体の中では、全員が全力疾走していた。
それでも私は聞いた。
「トイレ、貸し出していませんよね。」

答えは、聞くまでもなかった。
確認した自分が、少しだけ律儀だった。

外に出る。
背を向ける。
住宅地に入ったころ、体は完全にこちらの指示を聞かなくなっていた。

友人が言う。
「この先にトイレがあるらしいよ。」

その情報は、もう三分早く欲しかった。

マンションの下に花壇があった。
ちょうど足元に。
あまりにも、ちょうどよすぎた。

尊厳は保ちたかった。
本当に。
でも歩いている途中で堕ちる未来を想像した瞬間、尊厳は静かに退席した。

私は何度も友人に言った。
「だめだよね」
「こんなの、だめだよね。」

友人は歩調を緩めなかった。
否定も肯定もしなかった。
沈黙は、許可よりも残酷だった。

ふと上を見ると、監視カメラがあった。
この街は、ちゃんと見ている。
よりによって、今。

残されているのは、時間と、体内の一物だけ。
私はもう、選挙権を失っていた。

気づけばベルトを外していた。
ズボンを脱ぎ、おしりを出していた。
判断ではない。反射だ。

羞恥。
法律。
衛生。

どれも一瞬、頭をよぎった。
そして全員、即座に解散した。

そこにあったのは、本能だけ。
そして次の瞬間、「排泄」という事実だけが、地面に追加された。

そのとき、思った。
あー、出せてよかった。
本当に、心から。


友人は、十メートル先にいた。
近すぎず、遠すぎない。
助けに来るには十分近く、見捨てるには十分遠い距離。

街灯の下で、ただ見ていた。
驚きと、「関与しない」という決意が、きれいに混ざった顔だった。

不思議と体は軽かった。
すぐに立ち上がれた。
世界は、何事もなかったかのように続いていた。

それが一番、可笑しかった。

私はそのままにはしなかった。
袋と水で処理をする。

友人はまだ見ていた。
視線は逸れず、手も出さない。
私は一人で始末をし、一人で終わらせた。

そのあとも、友人は近づかなかった。
「大丈夫?」という言葉が届く距離で、何も言わなかった。
距離は変わらず、十メートル。
この夜で、一番正確な数値だった。

電車に乗るころ、私たちは並んで座らなかった。
膝の上の袋は小さく、重みだけが確かだった。
十センチもないはずなのに、距離はむしろ広がっていた。

家に着き、袋を捨て、手を洗い、鏡を見る。
そこにいたのは、恥をかいた人間ではなかった。
見られ、助けられず、それでも帰ってきた人間だった。

あの夜、私が一番寒かったのは、
風でも、花壇でもない。

十メートル先で、他人が私を「出来事」として見ていた、その距離。
――ただ、それだけだった。
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