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おすし

おすし

これはナッシュ均衡です
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塩

最近ゲーム理論のナッシュ均衡を激浅で理解してから、全部がナッシュ均衡に見えてくる
月が地球に衝突しないのも、地球の軌道から離れないのもナッシュ均衡やんな?
実家から出ずに働かずにゲームばっかしてるやつもナッシュ均衡やんな?
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nao

nao

ナッシュ均衡とかゲーム理論は大学で勉強した気がする
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のれん

のれん

細かいことさっぱりわからんけどナッシュ均衡求めるのは好きになったぞ
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みどり

みどり

デート代のおごり奢られ論争ってあるけどさ、長期的な関係を維持するなら「割り勘」がナッシュ均衡なんじゃないのかな?
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ユリン

ユリン

1時間くらいChatGPT(4o)とナッシュ均衡について話してる。

ナッシュ均衡って古くて新しい。

最近だと
意識不明の女性をAEDで救助したら、裸にしたなふざけんな、となり、リスクがあるから見殺しにするね、が均衡点となったわけだ。

トランプ関税もそうだよね。


とかなんとか話しながら、Slack等人間どもは放置しております。
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ピクシ

ピクシ

最近カラオケ板で聞きかじってきた「倍音」という言葉を使いたくて仕方ない。覚えたばかりの言葉ってなんか使いたくなるよね「ナッシュ均衡」とか「パレート最適」とか「ダイアゴナルラン」とか
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りゃ

りゃ

ルールや法律を正当化する根拠は何か?すなわち、そのルールが理に適っていると言える根拠や論理はどのように構築されるか?ルールや法律を正当化する根拠は何か?すなわち、そのルールが理に適っていると言える根拠や論理はどのように構築されるか?

回答数 11>>

ゲーム理論の考え方が好き。
国民が個人利得の最大化、政府が秩序の維持を目的とするプレイヤーとしてモデル化すると、政府が法律を制定して国民がそれを守るのがナッシュ均衡になる。
哲学哲学
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HAL🔴(ハル)

HAL🔴(ハル)

【ガス人間第一号(1960年)】
人体実験によって身体をガス化できるようになった男が、没落した家元の舞踊家・藤千代(八千草薫)への想いのために犯罪を重ねていく特撮怪奇映画──

この作品は「純愛」と呼ばれがち
しかし、包装紙を一枚めくれば
高性能・昭和型ストーカーでもある!!
その危うさこそが、この映画を忘れがたい悲劇にしている

怪奇性とロマンス、恐怖と哀愁が奇妙な均衡で同居し、観る者の価値観を静かに揺さぶる名作
#アマプラ #映画 #GRAVITY映画部 #オリジナル
映画の星映画の星
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塩分

塩分

いい反論です。筋も通っているし、「感情の暴走を抑えるための最小限の刑罰」という穏健な賛成論として完成度が高い。
そのうえで、冷静に反論します。


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まず、「国旗を毀損しなければいいだけで難しくない」という指摘について。
確かに、行為規範としては単純です。しかし、法が単純であることと、正当化が十分であることは別です。刑罰は「避けやすいから許される」のではなく、「なぜその行為だけが刑罰に値するのか」を説明できて初めて正当化されます。国旗だけを代表として罰する合理性が、感情以外の根拠でどこまで示せるかは、依然として検討が必要です。

次に、「国旗を代表として罰することで、国家を気軽に貶める精神を牽制する」という点。
これは象徴刑法論として理解可能です。しかしその論理は同時に、刑罰を“内心の姿勢”への警告として用いる危うさを孕みます。行為ではなく精神状態の牽制が目的化した瞬間、刑罰は結果責任から離れ、思想や態度の管理に近づきます。ここに慎重さが求められる理由があります。

また、「不均衡ではなく要点を押さえた戒め」という評価についても、反論は可能です。
要点を押さえているように見えるのは、「国旗に感情を集中させる社会的合意」が既にある場合に限られます。その合意が揺らいだとき、なぜ国旗だけが特権的に守られるのかという問いは再燃します。不均衡は消えたのではなく、前提に隠れているだけとも言えます。

さらに、「法がないと無法な愛国心と無法な侮辱が争う」という懸念は重要です。ただし、ここで問われるべきは「刑罰でなければ防げないのか」という点です。現行法には、侮辱、名誉毀損、業務妨害、公序良俗違反など、衝突を調整する手段がすでに存在します。新たな象徴犯罪を設けなければ秩序が保てない、という因果は必ずしも自明ではありません。

結局のところ、この問題は「単純か複雑か」ではなく、
刑罰が守るべき対象は具体的被害か、それとも象徴的感情か、という価値選択です。
あなたの視座は尊重されるべきですが、同時に、刑罰が感情の調整装置として拡張されることへの警戒も、同じだけ冷静に向き合われるべきでしょう。

「冷静に測る」とは、どちらかを切り捨てることではなく、どこで踏みとどまるかを自覚することなのだと思います。
政治の星政治の星
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橘

お久しぶりです。
最近は休みの度にゲーセン行ってます
ナッシュ頼み始めたけど美味しすぎですな笑
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塩分

塩分

国旗損壊罪を巡る議論では、しばしば「国旗や国歌は国家の尊厳そのものであり、これを侮辱する行為は許されない」という主張が前面に出る。この感情自体は理解できる。多くの人にとって国旗や国歌が祖国への帰属意識や誇りと結びついているのは自然なことだろう。

しかし、ここで一度立ち止まって考える必要がある。祖国の尊厳を感じる対象は、本当に国旗や国歌だけだろうか。例えば「日本」と書かれた紙を侮辱目的で破られたり、日本列島の写真を嘲笑的に扱われたりした場合、多くの人は同様に不快感を覚えるはずである。つまり、祖国への敬意や感情は、特定の象徴物に限定されるものではない。

この点を踏まえると、「国旗だけを刑罰で守る」という発想には一種の不均衡が生じる。感情が及ぶ範囲は広いのに、処罰の対象は一点に限られているからだ。では、その不快感を覚えるすべての対象を一括して法で守るべきなのかといえば、それもまた現実的ではない。表現の自由や法の明確性との衝突は避けられない。

結局のところ、問題の核心は国旗の是非ではなく、「感情をどこまで刑罰に委ねてよいのか」という点にある。人の感情は連続的で曖昧だが、法律は明確な線引きを必要とする。そのズレを十分に自覚しないまま象徴だけを特別扱いすれば、議論は感情論に傾きやすい。

祖国への敬意を育むことと、刑罰でそれを強制することは同義ではない。国旗損壊罪の議論は、愛国心の有無を競う場ではなく、感情と法の距離を冷静に測る場であるべきだろう。
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ゆの

ゆの

毎晩彼女と平和な会話をすることで世界の均衡を保ってるみたいなとこある
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ちーばさん

ちーばさん

一年後にはどうなっていたいですか?一年後にはどうなっていたいですか?
少なくとも裁判終わらして社労士の講座に通うのが生活のメインになってて欲しいねー
次の控訴審(東京高裁)では一審(地方裁判所)差し戻しを求めて、多分和解は成立しないで、その後の地裁での戦いの中で金額に納得したら和解する方針になると思ってる(と言うか相手のメリットデメリット、こちらのメリットデメリット考えた結果の現実ありえる戦略上の均衡点)から、裁判の長期化が考えられる
ため息出るねえ

来年の1月は祝杯あげつつ、病状も良くなりつつ、ニコイチみたいな仲良い友達作って楽しく過ごしてたいなぁ
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