鉄は熱いうちに打てという諺を人間関係に当てはめていた人がいたせっかく出会ったご縁、熱いうちにどんどん進めていこうよ、みたいな感じ熱いうちに打つ鉄とは、最後、刀になる物のことよな?ざっくり調べたら、刀とは、作刀工程だけで7つ有り、それとは別に研磨作業が7つ有る、らしいこの鉄は熱いうちに打てのイメージである熱く熱せられた金属を打ち付ける動きは、工程のごく初期段階の2、3番目の話もちろんこれなくして次のステップにはいけないけど、逆に言ったら、この熱い時期の打つ時のやり方がまずかったら、次にも行けないんじゃない?熱せられた鉄が冷まされて、静かな、しかし前段階にも増してより注意深い観察、技術を要する工程に移った時に初めて前段階の熱いうちに打った時のやり方の正誤が判明する前段階で何かが間違っていたら、見た人全員が「刀」と認識する物には、結局はならないだろうね別に私はプロの刀鍛冶職人ではないので完璧な完成を求めなくて良いと自分に許してるし、だけどと言うか、そもそも、人間関係を刀鍛冶に喩えるなら、相手だって同じ刀鍛冶だって思っちゃう私も相手も、熱せられてトンカントンカン叩かれて伸ばされたり水の中でジューッて冷まされたりする物の側では、ない諺全般に思うけど、それで言われている良さげな事って、外側に、他者に当てはめちゃ、ダメだよねあくまでも自分に向けての言葉じゃない?あなたという熱い鉄は、あなた自身で熱いうちに正しく打って伸ばして何某かになって次へ進めやー、って事を言われているのだと思うわけですよ