共感で繋がるSNS

関連惑星

人気

関連検索ワード

新着

ゆーま

ゆーま

ご相談です。
当方、4歳と6歳の姉妹と生きてるシングルマザーです。元主人の義母様のたっての希望で
結婚してた時から子供達は義母様にピアノを習っています。
離婚のタイミングで金銭的にも時間的にもピアノを辞めたいと申し出ましたが却下。
なので毎週、片道45分かけて義母宅へ通ってます。

そんな状況で今日、義母様からスイミングの見学に行こうと誘われたので
上記の理由+自分にも本当に余裕がない事を伝え見学は行かないと言ったら

私も、昔 就職してから(子供のお稽古)通ってましたよ

と来ました。まず、こちらの心情としては「テメェの所は旦那が主夫しとったやろが!今は物価も違ぇんだよ!1日7時間仕事して家帰っても一度も座る事なく家事して育児してんのにスイミングんなんな行かせる余裕があるわけねーだろがい!!」って感じなんですが
これを丁寧かつ、義母様のかったい頭にも分かるように伝えるにはどうしたらいいですか?

#お義母さん #質問をしたら誰かが答えてくれるタグ
シングルマザーの星シングルマザーの星
GRAVITY3
GRAVITY1
臼井優

臼井優

「人間万事塞翁が馬」(『じんかん』ばんじさいおうがうまとは、人生の幸不幸は予測不可能で、良いことが悪いことに、悪いことが良いことに転じるため、目先の出来事に一喜一invokeするべきではないという故事成語**です。
 中国の古い話が元で、国境の老人の馬が逃げた(不幸)が、やがて名馬を連れて戻り(幸)、息子が落馬骨折(不幸)したが、戦争で徴兵を免れた(幸)というエピソードから来ています。

意味のポイント
予測不能: 良いことも悪いことも、長い目で見ないと本当の価値は分からない。
一喜一憂しない: 不幸を嘆きすぎず、幸運を喜びすぎない心の持ちようを説く。
転じて福となす: 災い転じて福となす、というポジティブな解釈も可能。

由来(塞翁が馬の物語)
馬が逃げる: 国境の塞(とりで)の近くに住む老人の馬が胡(こ)の地へ逃げた。人々は同情するが、老人は「これは幸いになるやもしれぬ」と平然としていた。
名馬を連れて帰る: 数ヶ月後、その馬が胡の駿馬(しゅんめ)数頭を連れて戻ってきた。人々は祝うが、老人は「これは不幸になるやもしれぬ」と言う。

息子が落馬: 馬好きの息子がその馬から落ちて足を骨折する。人々は慰めるが、老人は「これも幸いになるやもしれぬ」と。
戦争で徴兵免れる: 戦争が起こり多くの若者が徴兵され戦死するが、足の悪い息子は徴兵されず命拾いした。

使い方(例)
「就職に落ちたけど、人間万事塞翁が馬だ。あの会社はすぐ倒産したらしいから、結果的に良かったね」。
「失敗を恐れず挑戦しよう。人間万事塞翁が馬、何がどう転ぶかわからないよ」。

ニンゲンではなく、ジンカンが正しいも
→ジンカン→社会そのもの、世の中を指す
GRAVITY
GRAVITY4
臼井優

臼井優

引きこもりも経験「リーダー育成」のスペシャリスト\"伊藤羊一氏の30年を4年に凝縮\"した武蔵野大学アントレプレナーシップ学部で育てる3つの核

1/30(金) 8:00   Yahooニュース

「これまでの日本の教育が、学生にモヤモヤを与え、自己肯定感を低くさせてしまっているのではないか」

【写真】次世代リーダーを育成するスペシャリストとして活動してきた経験を買われ、アントレプレナーシップ学部を立ち上げた伊藤羊一氏

武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(以下、EMC)学部長の伊藤羊一氏は、自身の経験からくる強い危機感を抱いていました。

半ば引きこもりのような大学時代を経て、リーダーシップを教える今に至るまでに伊藤氏が要した時間は30年。そのプロセスを4年に凝縮し、学生たちが「自分の人生を自分の足で歩める」ようにする――。

そんな壮大な「実験」として始まったEMCの今を取材しました。

なぜ「アントレプレナーシップ学部」が必要なのか
EMCは、2021年に開学し、昨年初めての卒業生を出した新しい学部です。学部長を務めるのは、元Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏。

次世代リーダーを育成するスペシャリストとして活動してきた経験を買われ、日本で初めてのアントレプレナーシップ(起業家精神)を抱き、世界をよりよいものにするために活動する次世代リーダーの育成を目指す学部を立ち上げました。

そこには、伊藤氏自身の経験に基づく使命感があると言います。

伊藤氏は、麻布高校から東大に進学、その後に日本興業銀行に就職という、世間から見たらピカピカのキャリアパスを歩んできました。

しかし実際は、やりたいこともなく、モヤモヤしたまま引きこもり気味の大学生活を送り、そのまま社会人になったもののメンタルをやられて会社に行かれなくなった経験を持っています。

そこから少しずつ社会で必要なスキルを積み上げ今に至った経験を生かして、社会人を対象にリーダー教育をしてきました。

その中で、「過去の自分と同じように、自分のやりたいことがわからないままモヤモヤしている人はたくさんいるはず。気づくのに遅すぎるということはないが、もっと若い頃から自分の人生は自分で作るという感覚に目覚めていたら、多くの人が自分の人生を楽しくできるのではないだろうか」。

そんなことを思っていた時に、新学部創設の話がきたといいます。

まさに青天の霹靂でしたが、「失われた30年と言われ、日本全体が停滞し自信を失っている理由の1つが、社会と接続していない日本の教育文化とそれによる自己肯定感の低さにもあるのではないか。自分はここまで来るのに30年かかったけれど、これを4年間に凝縮してやるのは重要な意味があるのではと思い半ば使命感で引き受けた」と伊藤氏。

そこで、(1)実践的事業プロジェクトを必修に、(2)全員が実務家教員、(3)1年生は全員寮生活をしてコミュニケーションを強化する。この3つの条件を出したところ、それがすべて大学に承認され、申請から1年半というかつてないスピードで21年4月に開学しました。
GRAVITY
GRAVITY
あや💐

あや💐

「内定を辞退したい?本当にあんな会社で良いんですかぁ?笑」
先物取引の会社の内定を蹴って、私が新卒で就職したのは某中堅スーパー。
配属されたのは、これまた中間くらいの売り上げの中型店舗。
4人いた社員は、同期の転勤で3人になり、ほどなくして先輩が寿退社されて2人に。
さらに上司が脚立から落ちて脚を負傷してからは、自然と私が売場責任者の役割を担うようになった。

一緒に働くパートさん達は、私の両親よりも年上。
筋の通らない指示を出せば、きちんと反論も返ってくる。
でも、方向性がピタッと合った時の仕事ぶりは本当に素晴らしくて、だからこそ私も必死に自分の仕事をしたし、パートさん達を大切にしない上司とはバチバチにやり合った。
とても頼りない社員だったと思う。
それでも「もっと私達に頼ってください」と言ってもらえた時は、心から嬉しかった。
最終出勤日には、(主に私が)大泣きしながらお別れをした。

「パートをうまく使え」
上司はよく私にそう言った。理屈としては、もちろん理解できる。
でも、内線で呼ばれても意地でも売場に出ない上司に、誰がついていくだろう。
社員とパートは上司と部下ではあるけれど、
最終的には“人と人”。
そこには敬意が必要で、相手を過度に下に見る理由はないと思っている。

今の職場の上司は、パートの私達がいる前で
社員に向かって何度も「パートを使え」と言う。
正直、あまり気持ちの良いものではない。
周りの皆さんは大人で、聞こえないふりを徹底している。だから私も何も言わないけれど…。
ミーティングで
「社員にしかできない仕事はない」
「もっと働け(意訳)」
と言われたから、今日は社員の仕事とパートの仕事の線引き(特に責任の部分)を、冷静に確認してみようと思う。

昔、上司とバチバチに戦っていた頃と比べたら、
本当に大人になったなぁ、と自分でも思う。
GRAVITY
GRAVITY13
A

A

いつの間にかたくさんコメントきてた...笑

うちのばあちゃんは全部が全部を
「高市総理が悪い!!あのシワくちゃな顔も嫌い!!」ってことを言ってたので
「高市総理が全部が全部悪いわけじゃないよ??顔は関係ないし!テレビの報道だけで騙されないで」ってことを言いたかっただけなのね笑

悪いことだけを取り上げて報道するテレビ局がいるのは事実だし。笑

まぁ、あくまで私の考えなのでお手柔らかに😌
GRAVITY
GRAVITY2
もっとみる

おすすめのクリエーター