「べき」はありません。許すべきも、許さぬべきもないのです。セクストス・エンペイリコスという哲学者の言葉ですが「物事は迷うようにできています。だからこそまよう必要はないのです」というものがあります。どんな意見にも同等の反対の意見があるものです。この場合、「繰り返すから許さないほうがいい」対「好きなら許したほうがほうがいい」ですね。(ちなみに意見の数の多い少ないは、「同等」とは関係がありません。)僕は一周まわってしまって浮気に皆さんほどの嫌悪感が少ない変な人間なのですが、言いたいことは「理由をさがしてもあまり意味はないし、周りの助言は最後は意味をなさないものです。心が頷くほうを選んでいいのですよ」ということです。ご自身のなかで、本当はなんとなく見えてるのではないでしょうか?