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二日目の直島は地中美術館から訪ねた。これぞ安藤建築といわんばかりの完成度である。個人的には無いこと、空隙を扱わせれば右に出るものはいないであろうと思っている。強度な空隙は強度なマッスによって成される。また、視覚的操作は壁に施された穿孔によるものだが、これは建築から外界を臨む行為そのものの視覚化である。つまりは、建築の瞼のようなものであると思われた。現代のプログラマティックな複数性はそこに実質的偏差は存在しない。しかし、安藤のアプローチや現象にあるのは個々の充実したポテンシャルである。そうした空間の魅力を十二分に、デ・マリアの作品は建築を劇場化させる。鎮座する球体はシーシュポスの岩のように不遇にも永遠に転げ落ちる象徴かのようで、停止した時間を感じさせるのであった。ラ・モンテ・ヤングら現代音楽家と活動を共にしていただけある。李禹煥美術館ではその作品に始原的な地場の発生の場としての彫刻を、ベネッセでは草間彌生の伝説級の【ナルシスの庭】や杉本博司の【海景】シリーズを鑑賞する。ナルシスの庭はミラーの球体が無数に点在する作品だが、集積彫刻として異質な部類であろう。無数に映る自己を、その自己愛の中に溺死させてゆくのである。杉本博司の時の回廊では、静謐な無限遠の位置を眼差し作家の心を映し出した写真を鑑賞する。ズント―の聖ベネディクト教会やジャコメッティの彫刻作品を写した作品を見られたことに感激した。インプットの多き大晦日を過ごすことができ、一年の締め括りとなった。
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m. h. k.

m. h. k.

『子守唄』

私は18歳になるまで、クラシック音楽のコンサートに行ったことがなかった。コンサートはスイス・アルプスの高地にある、小さな礼拝堂で開かれた。そこに、あまりに多くの人がつめかけたので、屋根の下は息苦しく感じられた。しかし、少なくとも腰をかけるベンチ(教会の座席)があった。音楽を聴き始めて15分ほどで、私は眠りに落ちてしまった。退屈だったわけではない。むしろリラックスしていて、たぶん幸せだったのだと思う(私はこれまで「幸福」という感覚をうまく理解できたことがないのだが)。コンサートが終わったとき、目を覚まして、眠ってしまっていたことを恥ずかしく思った。観客たちは出口へと向かっていた。
舞台が終わったあとの床には、プログラムの紙面が散らばっている。あなたは気づいたことがあるだろうか? 一時間前、コンサートが始まるときには、誰もがプログラムを欲しがり、両手でしっかり握りしめて手放そうとはしない。だが、終演後には、それを空いた席に置き去りにし、それはやがて床に静かに滑り落ちていく。それを見ると、いつも悲しくなる。
だから私は帰り際、床に落ちていた一枚を拾い上げた。ブラームスの《子守唄》。──それが、コンサートの全体を表現していたのだ! ふいに私は思った。もしかすると、眠ってしまったことで、むしろ私こそが本当にその音楽を聴いた唯一の人間だったのではないか、と。

もちろん、これは自分を慰めるための思い込みだろう。心持ちとは、そういうふうに奇妙なものだ。ブラームスの子守唄。私はプログラムをカバンに忍ばせ、心地よい昼寝の記念品として、礼拝堂をあとにした。外は寒く、星空が広がっていた。その夜のことを思い出すと、音楽よりも星のほうをよく覚えている。星を見上げながら、床に散らばったプログラムのことを考えていたのだ。
ブラームスは好きな作曲家だとは言えない。しかし、私が常に愛してきた芸術家が一人いる。スイスの彫刻家、画家のジャコメッティだ。彼の作品を見ると、人々が口々に語る「緊張感」を確かに感じることができるが、それにもかかわらず、彼の作品は、いつも私に不思議な静けさをもたらしてくれた。ちょうどあの晩のブラームスのように。──まるで、すべてが無限の沈黙と空間に広がり、巨大な素描の一部となり、その素描の一部である彼のデッサンがさらにその大きな素描の一部であるかのように。全体を見ようとすればあまりに大きく、眠りに落ちてしまう。つまり意識を失ってしまうのだ。ジャコメッティ、私の子守唄。

ヘンリー・ミラーもまた、読むと眠りに落ちる芸術家の一人だ。私は彼を読みながらよく眠ってしまう。彼があの硬質なことば──cunt を繰り返し用いるとき、それはやがて柔らかいもの、非常に柔らかいものへと変わっていく。驚くべきことに、実際 cunt とは本当に柔らかいものだ。暖かく、柔らかく、若さに濡れた場所――つまり「斑=点=染み(spot)」なのだ。宇宙の大きさの中で星が点のように見えるのと同じように。

その夜の記憶を振り返ると、私は音楽そのものよりも星空を覚えている。しかし星を見上げながらも、床に散らばったプログラムを思い出していた。ブラームスは決して一番好きな作曲家ではないけれど、私には「子守唄」のような存在が他にもいた。ジャコメッティ。そしてヘンリー・ミラー。彼らはそれぞれ、自分なりの仕方で「何もない」ということを語りながら、結局は私を眠りへと導くのだ。

メアリー・ルーフル
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アスト

アスト

#らでん記
お疲れ様でした〜!
途中から見てました!
らでばあちゃんの元気エピソードにほっこりしたり、「手の長い彫刻」からジャコメッティの名前を導き出したでん同士さんの知識、また舟の技術を応用した建物の話などなど興味深い…
あと最後の綾鷹ゴリ押しは笑ったw
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しゅん

しゅん

ジャコメッティちゃん、よ~く見ると「あっそういうこと!?」ってなる秀逸なデザインだと思うから『大きな女性立像』とかと見比べてみてほしい
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イルカ

イルカ

原美術館ARCがすごくよかったんだけど、調べるとコペンハーゲンのルイジアナ美術館を参考にしてるらしく、ついルイジアナ美術館の写真を見に行ってしまい、無事死亡

行きたすぎるだろ
常設展示でジャコメッティが死ぬほどあると言うだけでもいきたい

てか、原美術館は異常だった
常設展示じゃ人が来ないから、国立だってこぞって企画展ばかりやる時代に「半年に一回しか展示替えしません。すべて常設です。国内外の有名所はほぼ押さえました」みたいなスタンス。そして圧倒的なコレクションの質量。キュレーションもものすごく気を遣ってたし、解説もかなり幅広いレベルの目に耐えられる書き方してたし。なんだあそこ、こわい。
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