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ふぁっとめん

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音楽好きと繋がりたい音楽好きと繋がりたい
▶️ sad face :( - no na

インドネシア発のガールズグループ「no na」

所属はアメリカを拠点とし、
世界に向けてアジアン・カルチャーと音楽を
発信し続ける「88rising」。
主要アーティストには、JojiやNIKIといった
アジアにルーツを持つアーティスト達が
属しており、「アジアから世界へ」を
この身で体現している。

#nowplaying
#音楽をソッと置いておく人
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sad face :(

88rising & no na

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あぶりサーモン

あぶりサーモン

北海道弁では「ゴミ投げる(=捨てる)」「手袋はく(=はめる)」という言い方をすることはそこそこ有名だけど、英語で捨てるはthrow awayだし、ドイツ語では手袋を"Handschuhe(手の靴)"と言うので、道民のルーツはゲルマン民族である可能性がある
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エントロピー

エントロピー

見て見ぬ振りで終了、まあ仕方ない国民感情の
ザ無意識がそれだものと知らぬ間の自己防衛の話

この世やこの国の研究をするのは簡単で
多くの著名人や知識人は皆往々に首を傾げました?なのでそこに至る経緯を集合知と言います。

つまり簡単な話「どうしてそのような人が増えたのか?」これは国民も感じてるはず、でも僕が違うのは国民も同じ事が言える訳です。

つまりそこまで落とし込まないと見えないほど
もの凄い変わってる国なのです

数学も昔は当たり前に今あるものが、なかったの話と今は当たり前になり「賢くなくなった」の話
では賢くなる場合の一つの特徴は元々を辿る事です。すなわち真実とルーツを利用する事です.
学問の点数はどーでも良いのです、

知る事で手段や方法論を得るこれは恋愛戦術も
僕の中では同じ事と思ってます.

簡易的からずさんから「俺が良ければ俺の給料を身固めして、他人は蹴落とし、自分は生き残るそれが普通だ」をやりすぎたの、この国

数学の話題で「 (インドで) 0の発明」という言い方をしますが、これは0を利用した表記法(位取り) の発明のことでしょうか?それとも0の発明前にはなにもないことを表す数の概念すらなかったのでしょうか?
いろいろ歴史があるので、まずは歴史のお勉強から。

まず、文明が起こって「数」を使うようになった頃、マヤ文明でも古代ギリシャだろうが中国文明だろうがそのスタートは「1」からでした。これはもっともな話で、数を使う時=何かを数える時=何かがある状況だったので、「ない」を示す0は必要なかったのです。

その後、人々の頭の中の共通認識としての「数」の概念を文字にして書こうとします。ここで各文明ごとに方式の違いが生まれました。

例えば0を使わない古代エジプトではたとえ同じ数でも位ごとに別々の文字を使うことにしました。
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臼井優

臼井優

アニメや漫画の王道シチュエーション「食パンをくわえて走る女子高生」が、曲がり角でイケメンと衝突する確率は、実社会においてはほぼゼロと言えます。

調査結果に基づく詳細は以下の通りです。
1. 確率・調査データ
食パンをくわえて走る人の出現率: インターネット調査のデータによると、実際に朝食をくわえて登校した経験がある人は約10%(トースト総合研究所調べ、DIMSDRIVE調査)存在します。

イケメンとの衝突確率: 実際にこのシチュエーションを再現しようとした企画では、鼻呼吸ができず苦しい上に、曲がり角で衝突して恋に落ちるという展開は一度も発生していません。

現実的結論: ほぼ0%です。特に「イケメン」に限定されるため、確率はさらに低くなります。

2. 「食パンくわえ」のトリビア
ルーツ: 1967年発表の漫画『パティの初恋』(本村三四子) や、1980年代のアニメ(『プロジェクトA子』や『セーラームーン』など)が原型とされています。

心理: 朝遅刻しそうになっているが、どうしても朝食は食べたいという心理の現れ、と解釈されています。

現実の食事: 実際にはパンが冷めて美味しくない、鼻呼吸が困難、口の周りが汚れるなど、デメリットが多い行動です。

現実でこの光景を目撃したら、それは「かなり運がいい(あるいは、アニメのパロディか撮影)」かもしれません。
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ぼやき

ぼやき

国民民主党って
立憲民主党と同じ民進党ルーツで途中で別れた
兄弟政党なんだよね~
まだ本気で信じれない感じする
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エントロピー

エントロピー

中原中也はだしても見沢知廉は、出さないからね

最高峰の学問マスターと仏陀とバブみと
ヤンチャのルーツと「究極のプッツンや規格外」の両端を担う事に学問してよかったゼーと
「同時にクソ真面目くんら」が抜けてるとこを書いてるつもり、国民には期待しない、知らないに決まってるからだね.

見沢さんは10代の頃から左翼活動に参加、まもなく右翼に転向。新右翼の統一戦線義勇軍でイギリス大使館火炎瓶ゲリラ事件やスパイ粛清事件(殺人事件)を起こし、実刑判決を受けて12年の獄中生活を送る...
という、生涯が超絶にハードモードな人でした。

獄中で執筆した小説が新日本文学賞の佳作となり、出所後、作家デビュー。96年に出版された獄中手記の『囚人狂時代』(ザ・マサダ、1996年/新潮社、98年)はベストセラーとなり、97年に発表した『調律の帝国』(新潮社、1997年)は三島賞候補になりました。

しかしその後、長年の獄中生活によるPTSD、及び向精神薬の大量摂取などにより次第に心身に異常をきたし、2005年、マンションの8階から飛び降り死亡。享年46でした。

見沢さんとの出会いは新宿某所で行われたとあるサブカル系のイベントで、その少し前に文庫本の『囚人狂時代』を読んでいた私は、それまでの人生で見たことのない人種である見沢さんを前にめちゃくちゃ緊張したのを、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。

それをきっかけに見沢さんとは手紙のやりとりが始まったのですが、まもなく私は見沢さんに文章の添削をしてもらえるようになりました。

当時見沢さんはその少し前に脳梗塞で倒れていて、明らかに心身ともに下り坂に入ってきていました。
それでもその頃はまだいくつもの雑誌の連載を持っていて、紙媒体の連載どころかデビューすらできていなかった私にとって、書く媒体を多く持つ見沢さんの立場はうらやましい限りでした。

ところが、見沢さんはいつも口癖のように私に言っていたのです。

「エンタメでいくら売れても仕方ない。俺は人を殺しているから、純文学で賞を獲らないとプラマイゼロにならないんだ」

申し訳ないけれど、当時の私にはその意味がまるでわかりませんでした。こんなにあちこちから引っ張りだこの人気作家さんなのにどうして? と思ったのです。
確かに賞を獲るのは良いことだけど、そのために身体まで壊してしまっては意味がないではないかと。

見沢さんは無頼派というのでしょうか、昔気質の作家さんで、多くの作家が執筆をPCに切り替えている中、あくまでも手書きの原稿用紙にこだわり(しかも稀代の悪筆)、太宰、三島、川端と、今からみれば常軌を逸した作家たちにならおうとしていたところがありました。

死ぬときは前のめり、が生前の口癖だったくらいで、人生は太く短く、国士が50過ぎて生きるなんてみっともない、などと常日頃から言っていました。(そして本当にその通りになってしまいました)

でも、これは後年いろんな作家さんを見ていてわかったことですが、ここまで極端に走らなくても賞を獲った作家さんは大勢います。
最初にエンタメから入って文学賞を獲った人なんて山ほどいますし、ましてや今はお笑い芸人さんやタレントさんが芥川賞を獲る時代。
良いものさえ書けばそれまでの経歴などまったく関係ありません。

けれど、私のその声が見沢さんに届くことはありませんでした。

賞フォビア(恐怖症)と私が名付けて見沢さんに笑われたその現象は、ほとんど見沢さんにとっては強迫観念に近いものでした。賞を獲らなければ自分には生きている価値がない、という思い込みは、死に至るまで見沢さんを支配し続けていたようです。

私は今でも思います。
なんで見沢さんは、純粋に文章を書くことを楽しむことができなかったのだろう、と。

私は見沢さんがエンタメモードの時の文章が好きでした。洒脱にして軽妙快活、善も悪も酸いも甘いも、すべて不謹慎すれすれの笑いのオブラートに包んでしまう。
その突き抜けた明るさに、社会の片隅に生きる人たちがどれほど救われたことでしょう。

あるとき私は見沢さんに正面きって聞いたことがあります。
エンタメの文章書いてるときって楽しい? と。
楽しい、と見沢さんは即答しました。でもそのあとにまた言いました。

楽しいだけじゃ文学はできない、あれは身を削って書いてナンボ、そうしないと人の心を鷲掴みにする文章なんで書けないんだ、と。

私は、作家の自死の多くは事故だと個人的には思っています。

ギリギリのところまでいかないと手にいれられないものはある。
見沢さんは常々そう言っていましたし、それはその通りだと思います。芸術の世界のことはよくわかりませんが、世の中にはそこまでしないと行けない高みがあることも知っています。

けれど、そのたびに胸のどこかに痛みが残るのです。
なんであんなに真面目に頑張っていた見沢さんが、死ななければならなかったのかと。

俺みたいなのが生きてるうちはまだこの社会も大丈夫なんだ、と生前見沢さんは笑いながら冗談めかして言っていましたが、その見沢さんが自ら命を断ってから今日で19年になります。

今日、そういえば命日だった、と思い立ってお墓参りに行ってきたのですが、午後になるのに他に誰も来た形跡のないお墓の前で、花を手向けて手を合わせているときに私はふと思いました。

見沢さんは、もっと楽な方へ逃げても良かったんじゃなかろうか。

もっと適当に、あいまいに、純文学がダメだとわかればてらいなく一時撤退、そしてほとぼりが冷めた頃にまたしれっと文壇に戻ってくる。

そういう図太さ、したたかさが、もっとあっても良かったんじゃないか。

これは私が見沢さんの亡くなった歳を過ぎて初めて見えてきたことです。

ひとつのことをいっしんに磨き、生涯かけて鍛錬する。
それは確かに素晴らしいことです。そんな風に人生を送ることができたらどんなに誇らしいことでしょう。
だけど、大抵の人間はそうはいきません。
ほとんどの人はなにかに挫折し、軌道変更をしながら生きてます。

私もそのひとりです。
長い間、ひとすじになれないことがコンプレックスになってきました。今もそうです。
今こうして文章を書いていても、おまえはなんでもっとひとつのことに真剣になれないんだ、という心の声が聞こえてきます。

でも年をとるにつれて、その声に愚直に従うことは命とりだと思うようにもなりました。

ひとつのことにいっしんになれる人の大半は、恵まれた人たちです。
才能や環境に恵まれた、そうすることを許された人たちです。

もちろん、異論はあると思うのですが、少なくとも見沢さんは環境に恵まれていたら、あのような最後を迎えることはなかったんじゃないかと思います。

青春期の大半を独居房の中で過ごし、出所してからも急に入ってきた大金の使い方がわからず、暮らしに困っても作家・見沢知廉であることを決して捨てようとはせず、職業を離れたひとりの人間としての逃げ道を作らなかった。

どうして、もっと楽に、ひとりの煩悩深い兄ちゃんとして、楽しく生きられなかったんだろう。

私もかつては賞を獲り、ベストセラーを出さなければ一人前の社会人にはなれないと思い込んでいました。
でも今は、そうなったらいいなとは思うけれど、もはやマストではありません。

「ねばならぬ」の危険性は見沢さんを見て学びました。自分のアイデンティティと職業を同一化してしまうことの危うさも。
なぜなら、これはうまくいっているときはいいですが、需要がなくなったら終わりだからです。

でもそういうとき、職業をはなれたひとりの人間として受け入れられるコミュニティをあらかじめいくつも作っておけば、仕事で挫折した時もそこまで自分を追い込まずに済みます。

私は紆余曲折の結果、その道を選びました。
書くことは軸にありますが、その他にも興味のあることは片っ端からなんでもやります。
不慣れな分野で要領を得ず、お前は邪魔だと年若の人に乱暴に突き飛ばされてもです。

そんな私を人は器用貧乏と呼ぶのかもしれませんが、そう言われても構わない。追い詰められて命を取られるよりはよっぽどましだと思います。

それが、私が19年前、師匠の訃報を聞いたときに学んだことです。

ただ、それでも。

私の家にはGIジョーの零戦版フィギュアという、おそらくマニアにとっては垂涎もののお宝に違いない人形が置いてあります。

それはいつだったか、見沢さんが「いつも世話になっているから」と嬉しそうに私にくれたものです。

この、インテリアとしてはことごとくどの部屋にもマッチせず、仕方なく納戸の棚の上に置いたまま何度もの引っ越しについてきているこの人形を、

表情の読めない顔をして凛と立ってるこの人形を、

私は未だに、捨てることも、売ることもできずにいるのです。
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Paella

Paella

基本的にふわふわしたキャラが好き。
ミリマスはまつりちゃんがタイプなのだが、会津にルーツがある身として「たとえフィクションだろうと彼女に欲情してはいけない」と私の中の何かが訴えている。そういう込み入った理由でミリマスは迂闊に手が出せない。
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ゆー0206🐾

ゆー0206🐾

回転焼きとか大判焼きのことを、私は昔『たいこまん』って言ってたんだけど、どうやら高知の方言らしい
うちの親戚に高知ルーツの人いないんだけどな…
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