共感で繋がるSNS

人気

関連検索ワード

新着

シズ

シズ

『The Twilight Zone』

放送
1959–1964(CBS)
全156話、ほぼ30分枠(一部1時間)
ロッド・サーリング(Rod Serling)
脚本家/語り部/思想家
冒頭とラストのナレーションが象徴的

「あなたはいま、ミステリー・ゾーンに足を踏み入れた」
日本では『ミステリー・ゾーン』の邦題で知られています。

サーリングの語りは
単なる雰囲気づくりではありません。
導入:寓話の扉を開く
終幕:説教にならない説教
観終わったあと
「怖い」より「刺さる」

日本では、1960年4月10日から12月15日まで日本テレビ系列によって『未知の世界』の邦題で第1シーズンが放送された後、1961年10月4日から1967年12月23日までTBS系列によって『ミステリー・ゾーン』の邦題で残りのシーズンが放送された。その際、一部のエピソードが雨傘番組として『ミステリー』の邦題で放送されたり、シーズン4の一部のエピソードに先行してシーズン5が放送されたり、約3年の中断期間を挟むなど邦題や放送期間の混乱がみられた。
1970年代には『あなたは信じますか』の邦題で再放送されたことが確認されている。

日本テレビ放送分であるシーズン1・全36話は初回放送当時の吹替音声を紛失していたため、長らく再放送されず(字幕ではソフト化されていた)[2]、次第にTBS放送分である『ミステリー・ゾーン』の邦題が定着していった。その後、2001年に日本コロムビアから発売されたDVDによってシーズン1の新規吹替が敢行されると、全シーズンを通して『ミステリー・ゾーン』の邦題で統一された。

リメイク版テレビドラマ
編集 1985年版
1985年9月27日から1989年4月15日までCBS系列および番組販売によって放送された。ナレーターはチャールズ・エイドマン、ロビン・ワード(英語版)。全3シーズン・全65話・全110エピソード[注 18]。日本では『新トワイライトゾーン』の邦題でシーズン1がビデオ販売されたほか、TBS系列によってシーズン3が放送された。

特徴としては、カラー作品。
俳優が豪華(若きブルース・ウィリス等)
オリジナル脚本+旧作再構成
評価は割れるけれど、原作愛は強い、SF寄りエピソードは秀逸である。

「怪奇ドラマの皮をかぶった道徳劇」

でも、説教くさくない。
それが天才ロッド・サーリング。

「ホラー・SF短編として観たい」方は80年代おすすめ。
時代はレーガン政権時代、SFブーム、特撮・VFX進化、スピルバーグ以降の影響
思想より“アイデアと映像”
海外ドラマの星海外ドラマの星
GRAVITY5
GRAVITY7
パーソナルベスト

パーソナルベスト

飛行機、ヘリコプターなど空を飛ぶものが背景の映画は?ジャンルフリーですがUFO、宇宙船はなしで飛行機、ヘリコプターなど空を飛ぶものが背景の映画は?ジャンルフリーですがUFO、宇宙船はなしで

回答数 22>>

エアポート75(75・米)

出演、チャールトン・ヘストン

カレン・ブラック

大空港シリーズ2作目

小型セスナ機とコロムビア航空の

ジェット機が接触、操縦席が大破

この危機にどう立ち向かうか…

エクソシスト(73・米)のリンダ・ブレアが

手術を待つ病人役で出演

ジョージ・ケネディはシリーズ4作に

出演、機長役が似合う俳優です
映画の星映画の星
GRAVITY
GRAVITY14
にーな

にーな

今日は別のSNSのカラオケオフ会に参加して、アニソン部屋で昭和の古いアニソンをがっつり歌ってきました。関東では地上波(MX)で50年前のグレンダイザーが再放送始まったのでその関連曲と先日映画で観たガンバの冒険は是非歌いたかったのでその辺を中心に😁

○とべ!グレンダイザー
(ささきいさお、コロムビアゆりかご会/UFOロボ グレンダイザー/OP)
○きみこそ勇者
(ささきいさお、コロムビアゆりかご会/UFOロボ グレンダイザー/挿入歌)
○宇宙の王者グレンダイザー
(ささきいさお、こおろぎ‘73/UFOロボ グレンダイザー/ED)
○いざ行け!ロボット軍団
(ささきいさお、コロムビアゆりかご会/グレンダイザー・ゲッターロボG・グレートマジンガー 決戦!!大海獣/OP)
○戦いの詩
(ささきいさお/グレンダイザー・ゲッターロボG・グレートマジンガー 決戦!!大海獣/ED)
○不滅のマシンゲッターロボ
(ささきいさお、コロムビアゆりかご会/ゲッターロボG/ED)
○合体!ゲッターロボ
(ささきいさお、コロムビアゆりかご会/ゲッターロボ/ED)
○UFO少年団
(子門真人withブッシュ・シンガーズ/UFO戦士ダイアポロン/ED)
○希望に向かって走れ
(塩見大治郎/闘士ゴーディアン/ED)
○冒険者たちのバラード
(すぎうらよしひろ/ガンバの冒険/ED)
○眠れマッハバロン
(すぎうらよしひろ/スーパーロボット マッハバロン/ED)
○仮面ライダースーパー1
(高杉俊价、こおろぎ‘73/仮面ライダースーパー1/OP)
○火を噴けライダー拳
(高杉俊价、こおろぎ‘73/仮面ライダースーパー1/ED)
○ウルトラマン80
(TALIZMAN/ウルトラマン80/OP)
○俺が正義だジャスピオン
(アイ高野//巨獣特捜ジャスピオン/OP)
○ファイト!アステカイザー
(子門真人、コロムビアゆりかご会/プロレスの星アステカイザー/ED)
○アストロガンガー
(水木一郎、コロムビアゆりかご会/アストロガンガー/OP)
○機動刑事ジバン
(串田アキラ/機動刑事ジバン/OP)
○ライコウ・マーチ
(ロイヤル・ナイツ/ダイヤモンド・アイ/ED)
○燃える愛の星
(ささきいさお、コーポレーション3/宇宙円盤大戦争/ED)
○赤い力だアカレンジャー
(ささきいさお、/秘密戦隊ゴレンジャー/挿入歌)
○激走!ルーベンカイザー
(ささきいさお、こおろぎ‘73/激走!ルーベンカイザー/OP)
○ヤマトタケシの歌
(安永憲自/愛の戦士レインボーマン/挿入歌)

楽しかった〜😄
GRAVITY
GRAVITY16
シン・スガワラ

シン・スガワラ

おはようGRAVITYおはようGRAVITY
#おはよう木曜日
2026年1月22日
みんなおはよう

《今日は何の日?》
カレーの日
ジャズの日
飛行船の日
黙阿弥忌(もくあみき)
左衛門忌(さえもんき)
🇺🇦の統一の日

《過去の今日の出来事(🚃と🚌関係)》
修学旅行列車の愛称が「ひので」と「きぼう」に決定(1959年)
近鉄伊勢線(きんてついせせん)の江戸橋(えどばし)駅〜新松阪(しんまつさか)駅間が廃止される(1961年)
阪神三宮(はんしんさんのみや)駅の地下2階の空調設備から火災が発生して黒煙が地下街のほか駅構内に流れ出して数百人が避難する(1975年)
国鉄117系電車が営業開始する(1980年)
営団地下鉄(えいだんちかてつ)(今の東京(とうきょう)メトロ)東西線(とうざいせん)の原木中山(ばらきなかやま)駅〜行徳(ぎょうとく)駅間に妙典(みょうでん)駅が開業する(2000年)

《過去の今日の出来事(🚃と🚌の事以外)》
中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)(後の藤原鎌足(ふじわらのかまたり))公が「改新の詔(かいしんのみことのり)」を発布する(646年)
東京府東京市麹町区(とうきょうふとうきょうしこうじまちく)(今の東京都千代田区(とうきょうとちよだく))にあった鹿鳴館(ろくめいかん)で「🇯🇵初となる白熱灯が点灯」される(1887年)
🇺🇸のレコード会社の「コロムビア•フォノグラフ」(今のコロムビア•レコード)が創業する(1889年)
歌舞伎や狂言作者として活躍した河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)さんの忌日(1893年)
🇬🇧のヴィクトリア女王が満81歳で崩御される(1901年)
非武装デモ隊がニコライ2世に抗議するためにサンクトペテルブルクの冬宮殿に近づいたところに帝国軍に射殺されて何百名が亡くなった事をきっかけに後に革命が起こる(1905年)
🇯🇵初の国産飛行船の「雄飛(ゆうひ)」が埼玉県の所沢(ところざわ)〜大阪(おおさか)間での実験飛行に成功する(1916年)
ウクライナ人民共和国と西ウクライナ人民共和国が「統一条約」に調印する(1919年)
俳人として活躍した吉野左衛門(よしのさえもん)さんの忌日(1920年)
NASAが無人飛行実験を目的とした「アポロ5号」の打ち上げに成功する(1968年)
「学校給食創立35周年」を記念して行われた全国学校栄養士協議会「カレーライスを全国小中学校の児童の約800万人に給食として提供した」と発表する(1982年)

《今日の名言》
耐える心に、新たな力が湧くものだ。全てそれからである。心機一転、やり直せばよいのである。長い人生の中で、そのための一年や二年の遅れは、モノの数ではない
本田宗一郎(ほんだそういちろう)(1906〜1991:🇯🇵の実業家、技術者で本田技研工業(通称HONDA)の創業者)

《今日の単語》
水魚の交わり(すいぎょのまじわり)
意味:非常に仲が良い友人関係

《今日の見つけた写真》
国鉄117系電車

《今日のポケモン》
バリヤード(サトシの家でいつもサトシのママと家事をやってるイメージ)

《今日の一曲》
So What
マイルス•デイヴィスさん(1959年リリース)

《今日の個人的一言》
今日の一曲はジャズの日という事で世界的なジャズの名曲をセレクト
動画編集の続きをしたいんだけど来月(2026年2月)の予定が分かんないから出来る所だけやろうって感じ(期限は2026年1月27日のつもりでいる)
GRAVITY

So What

マイルス・デイヴィス

GRAVITY
GRAVITY1
チャーハン大王

チャーハン大王

ハットリ・ハウス # 3

#昭和の歌


☆『山寺の和尚さん : コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ '37 』

服部良一がメジャーデビューした頃はアメリカで流行っていたスイング・ジャズが我が国にも大量に輸入されていたが、スイングと並行してジャズ・コーラスもまたブームになっていた。アメリカ本国では1920年代からビング・クロスビーのいたリズム・ボーイズのスタイルが流行し、リズム・ボーイズと同じキャリアだった元祖女性コーラスグループのボズウェルシスターズもデビューしてその息もつかせぬアッパーな見事なコーラスワークを聴かせていたものだ。少し遅れてデビューしたミルス・ブラザーズは後々ドゥーワップの連中にも影響を与えた。これら本国アメリカのコーラスグループの技術の進化は目を見張るものがあり、一糸乱れぬリズム感覚の上に見事なハーモニーを利かすそのテクニックたるや、ジャズファンならずとも虜にしたものだった。服部がこれらのコーラスモノを見過ごす筈はなかった。が、流石の服部もマイナー契約時代はそうしたコーラスものまでは手が回らなかったらしく、服部は日本の民謡とジャズの融合を若い時分から模索していた。服部の生まれは大阪・玉造のはずれ本庄が出生の地であった。芸事好きな父によく近くの千日前の寄席や演芸場へ連れて行かれて、自然と落語や義太夫や照葉狂言、江州音頭、俄といった浪速特有の芸事に親しんでいった。母は母で富田林出身の気のいい浪速女でやはり、河内音頭や江州音頭が好きだった。服部良一はこのような貧乏の子沢山な家庭で育まれたのだ。2人の姉は近所で三味線や小唄を習っており、そうした環境が良一を音感のいい子へと成長させたのかもしれない。そうした純然たる和雅楽に染まったせいもあり青年になってからの良一が、そうした民謡を覚えたての和声学理論で、民謡をジャズ化することは極めて自然な成り行きであった。
服部の初めてレコードの仕事は大阪・三国にあったコッカレコードで服部のレコード仕事での師匠に当たる鳥取春陽の作品を編曲して時々は大阪コロムビアスタジオでの録音に立ち会うといった仕事が最初と言われている。コッカレコードは当時も今も珍しいセルロイド製のレコードで販売しており、今でもきちんと再生出来るらしくそのレコードはどこで見つけたのかは分からないが、2013年にぐらもくらぶからリリースされた『大大阪ジャズ』という稀少性の高い昭和初期の大阪のレコードメーカーからリリースされた音盤のオムニバス集に服部良一の最も古いレコードの仕事が復刻されている。このコッカレコードのことは服部良一の唯一の自伝『ぼくの音楽人生』にも記載されているにも関わらず2013年に初版された菊池清麿著の『評伝 服部良一』の中では一切触れられていないばかりか、巻末に於ける「服部良一ディスコグラフィー」からも省かれている。今では服部良一の第三者が書いた正史的な位置づけすらされているこうした本でさえ、誤記や記載漏れがあることをこの際、はっきり記して置くべきであろう。
昭和4年発売コッカレコード№63a ♫テルミー
"Tell Me" は国歌ジャズバンド名義だが服部良一の編曲で、しかもas.の奏者は服部自身とのこと。セルロイドレコードからの復刻だから、音質は劣悪だがよくぞ、このような盤が残っていてくれたものだ。♫テルミー はこの時代、服部が道頓堀のカフェーを幾店か掛け持ちしていた頃で、シンガーがたまたまその夜、欠勤すると仕方無しに服部がメガホンで唄っている内に服部の優しい歌声が評判となり、服部には"テルミーさん"というニックネームまで付いて女の子たちから黄色い声援が飛んできた、ということが自伝にも書かれている。♫テルミー は服部にとっても思い出深い一曲なのである。そういう意味で、アルト・サックスのソロだけだが、復刻盤で今の世にそれが聴けるというのはこの自伝の記述を裏付けるに足る重要な一曲ということになるのである。又、翌昭和5年リリースのコッカレコード№.144bの♫串本節 も服部の編曲とサックス(Cメロディサックス)でこのレコードは服部良一の名が初めてレコードレーベルに記載された記念碑的レコードだという。編曲・指揮者と記載されたらしいが、実際はサックスのソリまで吹いているのだから、若き日の服部の前のめりさがひしひしと伝わってくるではないか。
これらを発掘し、リリースさせたぐらもくらぶ並びに(株)メタカンパニーのスタッフらと毛利眞人らの尽力に深謝するのみである。こうして服部良一のレコードキャリアは最初からジャズ+民謡という和洋折衷から始まったのだ。
引き続きマイナーレーベルに身を置いた服部は紅茶メーカーとして有名な日東紅茶が親会社だったマイナーレコードのニットー時代にはキャリアハイの音楽監督という地位にまで上り詰めた。ここで服部は作曲、編曲家としてのみならずニットーレコードでリリースするレコード企画にも参画出来る立場を意味していた。服部の民謡+ジャズの需要はそこそこ保たれながらも他のレコード会社、ましてやメジャー級のレーベルでも各社自慢の編曲家達が次々と民謡をジャズ編曲したレコードをリリースしてゆき、服部ブランドは業界内でステイタスとなってゆく。この民謡+ジャズの精神は戦後も行なわれてゆき、この傾向に着目したのが大瀧詠一だった。彼の幼少期のスター小林旭がコロムビアから相当数の民謡をロック化してリリースされている事実を暴き、後に『日本ポップス伝』としてNHKFMから数回にわけて放送されたことは大瀧が日本に於けるポップスの歴史を俯瞰して解説するというミュージシャンのポップス史として注目に値する。この放送の中で大瀧は服部の初期コロムビア時代のレコード♫草津ジャズ を紹介して戦前に於ける腕利きミュージシャンによる民謡+ジャズの最高峰として紹介していた。又、ニットーレコード時代の印象的な仕事のひとつに、ビクターレコードの♫さくら音頭 の大ヒットに乗じたニットー版♫さくら音頭 の企画が持ち上がった時にも服部は敢然と抗議した様が自伝に書かれている。要するにニットーでもこの機を逃すまいとして、ニットー版♫さくら音頭 を!となった時に服部は……今更月並みな音頭をリリースしても大して売れないだろうと、いっそ違うアプローチが必要だ、と説いたのである。じゃーあ、どうしたら?という幹部連達に……おけさはどうでしょう?と提案したのだ。こうして昭和9年4月に浅草美ち奴の唄でリリースされた♫さくらおけさ はニットーレコードのメイン販路であった関西圏で一定の売上を記録したという。こうして服部良一の単なる作編曲家としてのみならない我が国ポップス界への貢献、という点に於いてはやはりジャズコーラスモノへの着手も見逃せられない。服部のニットーレコードに於ける音楽監督としての功績は民謡+ジャズ、の他にも例えばニットーレコード内に別レーベルを立ち上げた点も見逃せない。それはニットーレコードにドイツのクリスタルレコードと原盤供給契約を結ばせた点で実現が出来た。昭和9年11月に『日本クリスタル蓄音器合資会社』が設立された。このクリスタルレーベルで服部はいよいよ本格的にアメリカ産スイングジャズの歌謡曲化へのかなり思い切った舵を切る。例えば敬愛していたアメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンの作曲した♫ラプソディー・イン・ブルー のようなシンフォニック・ジャズを作品化したりした。それが昭和10年6月リリースの♫意想曲1936(1)(2) である。これは服部の初の管弦楽曲であり、次年度の日本と世界の姿を交響楽にまとめた作品であり、意欲作であった。
楽曲形式は変奏曲で、途中♫ヴォルガの舟歌 や♫スラブ行進曲(チャイコフスキー作曲) の旋律が使用されたり、時に日本軍歌の名曲♫戦友 までもが飛び出す。レーベルには"日本クリスタル交響楽団"と記されたが内実は新交響楽団(後のNHK交響楽団)が演奏したらしい。そこに当時服部と仲の良かったジャズマンである谷口又士のtb.や斉藤広義のtp.が加わった豪華なミュージシャンたちが自慢のプレイを披露されたレコードだった。こうした実験精神が見事に結実したレコードの仕事を残した服部だったが、実はニットーレコード時代にも僅かながら、ジャズコーラスを試した痕跡が確認できる。昭和10年12月リリースの♫カッポレ はニットー・リズム・ボーイズという謎のグループにより吹き込まれてリリースされている。又、服部の作曲した楽曲でもしばしば男声(乃至女声)コーラスが登場するが、レーベルクレジットはなくとも明らかに服部がジャズコーラスを試している録音としては昭和10年6月リリースのクリスタルレーベル№.2008A♫カスタネット・タンゴ では藤川光男名義で吹き込まれたレコードで女声コーラスがハーモニーを付けている。因みに同曲は戦後の昭和24年に藤山一郎がカバーしている。その前月5月にもクリスタルレーベル№.2002B♫僕等のハイキング ではメインボーカル志村道夫のバックで男声コーラスが、確認出来る。又、服部はコロムビアへ移籍する直前にニットーレコードでコーラスグループを編成し「ファイブスターズ」と名付けてレッスンさせていたが、このグループ名義のレコードはとうとうリリースされずに、コロムビアへと移籍してしまう。
昭和11年4月~いよいよニットー及びタイヘイレコードの契約を満了し晴れて大手レコード会社コロムビアレコードへ移籍入社した。翌5月リリースの淡谷のり子とリズム・シスターズ名義の♫おしゃれ娘 は数えてコロムビアレコード移籍第5弾シングルで服部はここでメインボーカルの淡谷のり子のボーカルの間隙を縫うようにボズウェルシスターズ張りの女声コーラスを大胆にも起用する。いよいよ服部のジャズコーラスモノがここで早くも登場する。その後も、当時のレコード各社の共演盤となった外国曲のカバーとなった♫ミュージック・ゴーズ・ラウンド 、二葉あき子をメインボーカルに迎えてリズム・シスターズが活躍する♫月に踊る ♫ビロードの月 淡谷のり子とリズム・シスターズの再びの共演盤♫涙の踊子 、服部と中野忠晴プラスナカノ・リズム・ボーイズの初コラボ作品♫東京見物 に♫支那ルンバ 、などメインボーカルに彩りを添えるジャズコーラスモノは充実してきたが、服部の中ではもう一歩踏み込みたかった。それにこれらの意欲作は決してヒットした、とはおよそ言い難かった。それが遂に服部のコロムビア移籍後の初ヒットがリリースされた。それがあのジャズコーラスの傑作♫山寺の和尚さん であった。これについては服部の自伝に詳述されているので引用しよう。尚、この楽曲については作曲は服部ではなく日本古謡としている資料もあれば服部の作曲としているものもあり、統一見解が待たれる。何れにせよ、服部が大胆にもメインボーカルを置かずに、コーラスグループのみでのヒットは服部をして喜ばせたに違いない。
……ぼくは、むしろ、次のアップテンポの
♫ダガジグ ダガジグ ダガジグ ダガジグ エーホッホー
(リフレイン)の反復部分にジャズコーラスの真髄を見出していて、このアイデアはぼくが自由にやったところである。こうしたスキャット唱法はリズムメイカーとしてのぼくの武器であった。先輩作曲家達に追いつき追い越すには、ぼく自身の個性が必要である。それまでの♫おしゃれ娘 ♫東京見物 ♫月に踊る がヒットに至らなかったのは、中途半端なところがあり、メロディー優先の歌謡曲調を残していたからだという反省があった。♫山寺の和尚さん では、思い切ってリズム本位にし、ジャズ調に徹した。しかし、それだけでもヒットはしなかっただろう。題材に誰でも知ってる日本古謡の手毬うたを取り上げた事が良かったのだと考える。つまりジャズはジャズでも日本のジャズを目指した事が成功に繋がったのだろう。……


GRAVITY

山寺の和尚さん

コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズ

スイングの星スイングの星
GRAVITY
GRAVITY32
ng4969

ng4969

実話
もうかなり前の事なんだけどニューヨークにいた時にコロムビア大に入った





歩いて
ちゃんと出たよ?歩いて
GRAVITY
GRAVITY29
もっとみる

おすすめのクリエーター