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kagenaカゲナ

kagenaカゲナ

#カゲナ光と闇のはじまり

第7話(ノクシアがいない夜、未来の扉)3
食事と会話
しばらくして、共用スペースの大きな机に食事が並んだ。
 煮込み肉の香り、焼き魚の匂い、香草の蒸気が部屋いっぱいに広がる。

「わっ、この魚……骨が多い!」
 リアが小声で文句を言いながら、器用に箸を動かす。

「文句を言う前に、ちゃんと味わいなさい」
 ミレイナは淡々と魚を口に運び、無駄な所作ひとつ見せない。

「鉄分も多いですし、消化にもいいですよ」
 クレアナは真面目に説明を続ける。その堅さにリアがむくれ顔をし、場が少し和らいだ。

「……クレアナ、食事中でも先生みたい」
「知識は力です。軽んじてはいけません」
「はぁい……」
 そんなやりとりに、微かな笑い声が混じる。

 その中で、カゲナだけは食欲がわかず、静かにスープをすすっていた。
 耳に届く声は心地よく響くのに、胸の奥にはぽっかりと穴が空いたような感覚が残っていた。

(……ノク。いつもなら絶対――肉だけ山盛りにして、魚なんか見向きもしないで……)

 思い出す。
 皿の肉を一気に掻き集めて、リアに「ずるい!」と怒鳴られ、口いっぱいに詰め込んでは「ノクの勝ちだ!」と笑う声。挙げ句の果てにスープをこぼし、クレアナに眉をひそめられて、しょんぼり肩を落とす――そんな騒ぎが、当たり前のように繰り返されてきた。

(……どうして、何も言わないんだよ……)

 呼びかけても返事はない。
 賑やかな食卓の中で、彼だけがひとり、静かな空洞を抱えていた。


クレアナからの告げ
食後、しばし和やかな時間が流れた。
 だが、やがてクレアナが箸を静かに置き、表情を引き締めた。

「――そろそろ、大切な話をしておきましょう」

 その声に、場の空気がすっと張りつめる。

「お二人には、数日後“島の学校”に行っていただきます」

 カゲナは手を止め、リアはぱっと目を輝かせた。

「学校? 絶対面白いに決まってる!」

 クレアナは頷き、言葉を続ける。

「ただし――入学の前に、いくつか段階があります。まず、能力や強さを測るための検査を受けてもらいます。その結果で、基礎クラスや指導者が決まります」

 一呼吸置いてから、声をさらに深めた。

「“島の学校”は、ただの学び舎ではありません。島全体が学びの場として造られています。街には知識を競う塔が立ち、森には魔獣と共に生きる術を学ぶ試練の小道があり、海では航海術と精霊との契約を、山では剣技と魔法の極致を試されます。そこでは、生きることそのものが授業であり、島のあらゆるものが師となるのです」

 リアは目を丸くして身を乗り出した。
「街も森も海も山も……ぜんぶが学校!? ――すごい、絶対楽しいに決まってる!」

 クレアナは小さく頷き、さらに付け加えた。
「それだけではありません。この家も特別に“学校”と繋がっています。結界を通じて、島の内部と直接つながる仕組みになっているのです。移動に不自由はありません。むしろ――選ばれた者しか、その道を通ることはできない」

 カゲナは思わず眉をひそめた。
「……つまり、僕たちはもう……」

「はい。すでに“学ぶ者”として迎え入れられている、ということです」
 クレアナの声には、淡々としながらも確かな重みがあった。

 リアは「ふーん」と小首をかしげながらも笑みを浮かべ、カゲナは逆に顔をしかめる。胸の奥に重たいものがのしかかり、言葉は出てこなかった。

「それに加えて、今回は特例です。“未来を見る魔王”に一度会ってもらいます」

「未来……を見る?」
 カゲナが思わず問い返す。

「はい。進むべき道を見定め、その力にふさわしい居場所を決めるためです。その者は、数多の世界を見通し、未来を示す存在。――その言葉ひとつで、人生の流れが大きく変わることもあるでしょう」

 リアは椅子から身を乗り出し、胸を弾ませた。
「未来が見えるなんて……! すごい、絶対に会ってみたい!」

 その隣で、カゲナは渋い顔のまま黙り込む。胸の奥でざわめきが広がり、目を逸らした。未来を見せられることが、自分の自由を縛るように思えたからだ。

「僕は……別に……」
 小さくこぼした声は、リアの無邪気な笑顔にかき消される。
 ――結局、何も言い返すことはできなかった。

 クレアナは二人を見渡し、落ち着いた声で締めくくった。

「――具体的な日程を伝えておきます。明日は能力検査と、“未来を見る魔王”との対面です。明後日は、学校生活に必要な物を買い揃える日。そして三日後――正式な入学式が行われます。そこからが、あなたたちの新しい生活の始まりです」

 クレアナは少し間を置き、さらに一つ大切なことを告げた。

「――そして、検査を受ける前に。お母様とお父様が帰ってこられます」

「……え?」
 リアが息を呑み、カゲナも思わず顔を上げる。

 母は長らく魔王の秘書として遠征に同行しており、父は魔王として任務に就いていた。
 その二人がそろって戻る――それは、ただの家族の再会ではなく、大きな変化の前触れを意味していた。



家族の話の余韻

 食卓に静寂が落ちた。
 リアは箸を握ったまま瞬きを繰り返し、期待に輝く瞳と、不安に揺れる影が交互に浮かんでいた。心の奥からは「やっと会える」という喜びがあふれてくるのに、その一方で「どんな顔をすればいいのか」「どんな言葉をかけてもらえるのか」――わからない未来に胸が締めつけられていた。

「やっと……会えるんだね……」
 小さくこぼれたその声は、喜びと震えを同時に孕んでいた。

 カゲナは胸の奥がざわつくのを感じた。
 再会を心から喜びたいはずなのに、頷くことができない。
 父が“魔王”であるという事実が、のしかかるように頭上に落ちてくる。
(魔王の子……僕は、そう呼ばれるのか……)
 その言葉が胸の内で何度も反響し、呼吸を重くする。
 期待よりも責任、喜びよりも重圧――その対比が心を締めつけて離さなかった。

 ミレイナは腕を組んだまま視線を伏せていた。
「……再会は、喜びだけで済まないわよ」
 その声には冷たさと、どこか覚悟を帯びた響きがあった。

 リアは不安げに姉を見上げた。胸の中で喜びと恐れがせめぎ合い、けれど言葉にはできず、唇をきゅっと結ぶしかなかった。



夜の静けさ

 その夜。
 皆が眠りについたあとも、カゲナは目を閉じても眠れず、ひとり布団を抜け出した。

 外に出ると、冷気が肌を刺した。昼間の熱はすっかり失われ、岩山に囲まれた野原を夜風が吹き抜ける。鼻をかすめるのは、まだ消えきらない焼け焦げた大地の匂い。草木の根元から漂う煙のような残り香が、静けさの中に不気味に混じりこんでいた。

 戦場に立つと、地面に黒い痕が広がり、そこから影がゆらめいていた。月明かりに照らされたその影は、生き物のように揺れ、時折形を変えてはカゲナの足元にまで伸びてくる。

「……」

 ただ呼吸をするだけで、胸の奥に重たい沈黙が残る。
 いつもなら心をかき乱す何か――ノクシアの声や気配があるはずなのに、今は妙に、静かすぎた。

 カゲナは拳を握りしめ、影に向かって小さく呟いた。
「……僕は、もう止まらない。どんなことがあっても……進む」

 その背後から、かすかな足音が近づいた。
 振り返ると、月光に照らされてミレイナが立っていた。

 彼女は影を見つめ、目を細める。風が吹き抜け、黒い髪が揺れる。
「……まだ消えていない」

 その声は低く、夜気に溶けていきながらも鋭い刃のように響いた。影がゆらめき、まるでその言葉に応じるかのように形を歪める。

 カゲナは息を呑み、姉の横顔を見つめた。
 言葉は交わさなかった。
 だが、その沈黙の中に確かに感じる――影は終わっていない、と。

 遠くで雷がごろりと鳴り、夜の風が冷たく吹き抜けた。
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