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裸だと知ったその時、何が変わったのか?創世記が問いかける「当たり前」の本当の意味

こんにちは、石川尚寛です。

先日、ふと面白いことに気がつきました。小さな子どもが公園で遊んでいて、服のボタンを全部外して「風が気持ちいい!」と嬉しそうに叫んでいたんです。その子のお母さんは慌てて着せ直していましたが、僕はその一瞬、なんて自然で自由なんだろうと感じました。

私たち大人は、人前で服を脱いではいけない、ということを「当たり前」として生きています。でも、なぜそれが当たり前なのか、深く考えたことはあまりありません。この小さな疑問が、ふと創世記のあの有名な場面を思い出させてくれたんです。禁断の実を食べたアダムとイヴが、なぜ突然「自分たちが裸であること」に気づいたのか、という問いです。

創世記3章7節にこう書かれています。
「すると、二人の目は開かれ、自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らはいちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」

ここで使われているヘブライ語の「目が開かれる」という表現は、単に物理的に見えるようになるという意味ではありません。新しい認識、新しい理解が与えられる、内側の目が覚めるという深い意味を持っているんです。

僕がこの箇所を読んで考えさせられたのは、彼らが裸であることに気づいた「順番」でした。まず目が開かれ、それから裸であることを知り、そして最後に腰のおおいを作った。この流れがとても重要に思えたんです。

もし彼らが単に「裸だから恥ずかしい」と感じただけなら、なぜ神の形に造られた体を恥じなければならなかったのでしょうか? 僕はこの問いと長く向き合ってきました。

そして気づいたのは、ここでの「裸を知る」という経験は、おそらくそれまであった「あるがままの関係性」が変わってしまったことの表れではないか、ということです。神との間に、そしてお互いの間に、距離が生まれてしまった。それまで透明だった信頼の関係に、何かが見えない膜が張られてしまった。その変化を最初に感じ取ったのが、「裸であること」への意識だったのではないでしょうか。

私たちが服を着るのが当たり前の現代社会で、この物語が伝えようとしているのは、もしかしたら「目隠し」の本当の意味なのかもしれません。服は寒さから守るためだけでなく、私たちがお互いに、そして自分自身に対してさえも設けてしまった「距離」を象徴的に表しているように思えます。

神の形を恥じるということは、神とのつながりの中で生きることから、自分だけで立たなければならない孤独に目覚めてしまったことの表れではないでしょうか。そしてその孤独感が、私たちをして様々な「覆い」を求めて奔走させるのではないか、と僕は感じます。

でも、この物語には希望があると信じています。なぜなら、神は彼らを裸のまま放っておかれなかったからです。創世記3章21節には、神ご自身が彼らのために皮の衣を作って着せてくださった、と記されています。私たちがどんなに自分で葉っぱの腰巻きを作ろうとも、最後には神の備えが必要なのだということに、この物語は気づかせてくれるような気がします。

僕自身、この創世記のマンガを描きながら、毎日新しい発見があります。聖書の言葉が、こんなにも現代の私たちの日常に深く響いてくることに、驚きと感謝を覚えています。

これからも、一節一節を丁寧に読み解きながら、マンガという形で分かち合っていきたいと思っています。気になった方は、ぜひAmazonで『創世記 マンガ 石川尚寛』と検索してみてください。無料で読めますし、続きもどんどん公開しています。

#モーセ五書マンガ #創世記の深み #聖書と日常
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PEG

PEG

「Out of control 」

Winny事件の渦中にリアルタイムで捲き込まれていた。当時もう僕は著作権収入を得ていて、しかし其れについて疑問を持っていた。僕が作る物は、子供の頃から変わらないのに、其れによってある日口座の桁が増えている。此れを当たり前だと思える人間は少ないのではないか。丁度その頃2chでWinnyというP2Pファイル共有ソフトを見つけ、そして実際に僕も利用していた。
「著作権」というのは、実は作者を護る法律ではない。「法的に権利を有する者を護る」法律であって、搾取の無秩序を取り締まるだけの物だ。

一方、「共有」と云う概念無くして芸術は存在し得ない。「俺はこう思う。貴方はどう?」この不安と恐怖と安心と幸福がぐちゃぐちゃに入り交じった得体の知れない熱狂を、人間は欲するように出来ている。良くも、悪くも。

どうやら、成熟した大人は皆自分の人生をコントロールして生きているらしい。僕には、全く其れが理解出来ない。そんなことが可能なら僕が抱えている全ての事が解決する。そんな馬鹿な。でも、どうやらそうらしいのだ。絶望と羨望と希望と苦しみ。憧れている。僕は貴方に憧れている。


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せんせー

せんせー

#思いつき超長文

いつから綺麗って感じれるようになったのでしょうか?


僕は、比較的建物が多い場所で育ったこともあり、大都会の夜景より、建物ひとつない田舎の空に感動する事が多いように思います。

一方、無作為な灯りを灯す高層ビル群や、星空のようなイルミネーションもそれはそれで綺麗だなと思います。

ただ、思うんです。
小学4年生の自分が同じように綺麗と思うのでしょうか?

田舎の大空を見て、
もしかしたら、ふーんくらいには思うかもしれません。
そんな事より早くゲームをやりたいと言い出す少年だったかもしれません。(いや、きっとそうに違いないです)

都会の夜景を見て、
もしかしたら、ほーんくらいには思うかもしれません。
そんな事より早くゲームをやりたいと言い出す少年だったかもしれません。(結局ゲームが一番好きなんです)

もうあの頃の感性は返ってきませんし、
いつ「綺麗」を実感するようになったのかも覚えていません。

それはもしかしたら、後付け、というか文化的なものなのかもしれません。
生きていく中で、「何が綺麗なものとして扱われているか」を学んで、それを通して綺麗の感覚を身につけていくのかもしれません。

この自分が感じてる綺麗は、学んだものなのか?という疑問を一旦横に置いて、自分の記憶を辿ると、何故か覚えてる事があります。

小学4年生、
夏休み、自由研究のため祖父の家で雲の描き方を教えてもらった時、部屋から見上げた白い雲と快晴の朝空。
祖母の車に乗り田舎道を走ってる時、後部座席から見上げたグラデーションのかかった夕空。

どちらも何かいいなって思いながら、ぼーっと魅入っていました。(自由研究めんどくさいなも10%くらいは思ってましたけど)

今、おや?と思いました。

綺麗が分からなくても、それらしき事を感じていたんだなと。
それは誰かから教えてもらったものではなく、理由は分からなくても確かに自分の内側から出てきたものでした。


個人的には、何を綺麗と思えるかは、後天的に勉強する事ができると思ってます。
それは、一定の理論に則り、絵を見て、風景を見て、人物を見て、言葉を見る中で感じられるものもあれば、そこから逸脱する姿に感じられるものもあると思います。

ただ、綺麗という感覚が、
説明できないけど「何となくいい」
という形で感じられることも多々あると思います。
そこには理論も理屈もなく、自分がいいと思ったからいい。しかありません。

これは、綺麗を感動に置き換えても同じ事が言えると思います。

理論も理屈もなく、ただ、感動する。
いや、それは、感動することが"できる"。
と言いたいです。

当たり前ですが、皆それぞれ、感動するポイントは違います。
ある程度同じだったりするところもありますが、やっぱり違ってくると思います。

高層ビル群が作り出す夜景に感動する人もいれば、
建築物としての高層ビルが持つ美しさに感動する人もいれば、
高層ビルの中にある汚れ一つない洗練されたトイレに感動する人もいます。(僕です)

だからこそ、他人の感性ってやつを見て、よくそんなところに感動できるなって感心するのだと思います。

そして、思うんです。

それが、才能ってものなんだろうと。
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U699

U699

わたしのこと、友達以上に見たこと…ある?わたしのこと、友達以上に見たこと…ある?
誰[疑問]
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いも

いも

素朴な疑問なんだけど、顔とか体の一部を載せてる人に一定数湧く話したい奇人たちは何を求めてるんだろう、、。

そもそも自分の姿を載せるような承認欲求強い人間がまともに取り合う訳ないのに…あいつらいいねが欲しいだけだし笑

ウケる笑
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