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〆さば

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偏見は必ずしも間違っていると言えるか?偏見は必ずしも間違っていると言えるか?

回答数 20>>

偏見という時点で偏っているので「真ん中でない」という意味では間違っている。
ではそのモノの本質を掴むことが「正しい」のなら偏ったサンプルからでも適切な係数を掛けて真に近づけることは出来そう。その場合は偏見は色んな見方の一つであって正しさという尺度から外れる。
哲学哲学
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とみこ

とみこ

頑張ろ、本当の意味で
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なみひ

なみひ

自分の人生を楽にするのって全て気の持ちようで変わるけど自分はなんでもポジティブにまずは考えるようにすることにした
悪いことのほうが悪目立ちするから印象として残るけど悪いことの中から微かな良い事を見つけるのも人間力とは自分は思う
そもそも落ち込みやすい性格の人間の自分がネガティブに考えて何一ついいことなんかないし今までの自分の考え方は何の生産性もなかったんだなって改めて思った
マイナスを考えるのも時と場合によっては大事だけどマイナスをプラスに持っていくのも自分の力量だと感じる
自分が運悪いなって思ってたけど実は案外そういうことはなくてしっかり遊べて働ける体があるし金もなんとかなってるしで実はもうその時点で運がいいのかもしれない
まぁほぼ確定でガキの頃から1/2の確率を外すプロだし確率論破綻していて意味不明だしこればかりは心から納得することはできないし納得したくない()
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萌柳

萌柳

私には一つの思案がある。
それは思考は基本的に感情を正当化したりあるいは感情を認めるために利用される社会上の道具なのではないだろうか?ということである。
ゆえにこれに従えば人間は理性によって感情を大幅に克服することができたとする仮定は、それは思考というベールに潜むプロセスを見つめることができていないのかもしれない。

(なお本文は要約を多用しているため、多少の読み飛ばしを行うことを推奨する)

以下に詳細を示す。
まず人間の感情と思考の分類というのは、困難なものであるが仮に以下の二つに分けておく。
- 思考…説明可能な処理プロセス
- 感情…説明不可能な処理プロセス

なお説明というのは自認するということであり、説明不可能であればなぜそのような結論になったのかを知らないということを意味する。

つまり簡単に言えば前提として思考とは何かを考えるプロセス、感情とは何かを思うこと(自発) として考えておく。すると何かを考えるプロセスということはなんらかの原因が存在し、そして結論が与えられると言い換えることができるはずだ。
であれば単純な話として思考に対しては必ず提題として何らかの初期原因が存在するはずである。この初期原因が外部であるか内部であるかは双方考えられるため、ここでは詳細に語らないが、これにより思考は感情によって自発した原因を元に考えているあるいは考えることができるということが言える。

そして言い換えるならば思考には目的を伴った原動力が必要であるということになる。そして、この原動力が過去、感情が主役として担ってきたことは歴史上そう違和感のあることではないかと思われる。

もちろんここで私は思考は感情に支配されていると説明しているわけではない。
確かに、思考が他種族に比べて特異的な成長をしてきたことや思考それ自体が存在するということはその通りである。数学などの客観性の高い学問などは最たる例であろう。
しかし、わたしが指事する重要な要素というのは思考は感情と共に存在してきたあるいは多分に影響を受けてきた存在でもあるということであって、社会において理性(思考)と感性(感情)を極端に分離する あるいは絶対視するというのは困難なことでありおよそ早計であるといえようということである。

そもそも思考が発達した一つの理由というのは自身の主張である感情を他者に説明可能な形で共有することであり、そして同時に自身の感情の不合理を思考による共有不能という形によって明らかにすることであった。であるから思考が感情に対して一つ離れた位置を獲得しているにしても、感情を必ず対象としていることを忘れると錯誤に陥りやすくなるだろう。

そして次に機能について着目すると思考のみの独立した運用には制約があることも分かる。
実際に使用される思考の過程というのは必ず先行して人間があり、思考だけが存在していてもそれは我々が想定するような思考という意味では機能しない。それは例えて言うならば入力を与えられない反応式の計算機に近しいものになる。
先に数学を例にあげていたのでこれに合わせて書いておくと数学が発達するのは、数学者の好奇心であり実人間の楽をしたいと望む思いが初期原因として存在するからと言えよう。

そして、この思案に従えば、人間中心主義というのが科学の発展の後に歴史的に再評価されるようになったことは当然であるかもしれない。先ほど指し示したように、科学も例外なく先行した思考のみで成り立つものではないと考えられるからだ。

ゆえに、思考と言うものに対しては感情とは隔絶したまたは完全に分離した印象と言うのを抱く人もいると思うのだが、最近私は実はそうでもない可能性があると思っているということを書いておく。


以上、御精読いただき大変ありがとうございます。
思考の星思考の星
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おばけ

おばけ

私よく色んな方に「お前は海外行った方がいいよ」って言われるんだけどもしやこれは日本に滞在するなカスって意味なのでは?って気付いた
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💘グミ🎯ᴍʜꜱʙ

💘グミ🎯ᴍʜꜱʙ

つきあってる意味なくてくさぁ
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またんぎ

またんぎ

北九州市門司区の「小森江(こもりえ)」という地名と、神功皇后の伝説に関する事実関係について解説します。
​ここでは「皇后が実際に来たか」という歴史的真偽(証明不可能)ではなく、**「古くから記録されている地名の由来」および「地域に定着している伝承の事実」**として解説します。
​1. 「小森江」地名の由来(記録上の事実)
​「小森江」という地名は、神功皇后が三韓征伐の途上(または帰途)、この地の入江に軍船を停泊させた際の**「発言」**が起源として記録されています。
​発言の内容 皇后はこの入江の波が穏やかで、水が清らかである様子を見て、以下の言葉を残したとされています。 ​「此の水、澄みて小林(こもり)の如し」 (この水は澄んでいて、まるで小さな林に囲まれた(あるいは籠もるのに適した)静かな場所のようだ)
​「此の水、澄みて小林(こもり)の如し」 (この水は澄んでいて、まるで小さな林に囲まれた(あるいは籠もるのに適した)静かな場所のようだ)
​文字の変遷 当初は、皇后の言葉通り**「小林(こもり)」や「小林江」と表記されていましたが、時代が下るにつれて「小森江」という漢字が当てられるようになりました。 これは、単なる森林(森)を意味するだけでなく、「風波を避けて船を隠す(籠もる)のに適した江」**という軍事・航海上の評価が地名として定着したものです。
​2. 周辺地名との連動性(一連の行動の記録) ​小森江単体ではなく、門司区のこの周辺エリアには、神功皇后が「渡海のために準備・指揮・確認を行った」とされる一連の行動が、地名としてセットで残されています。これらはバラバラの伝説ではなく、一つの軍事行動のプロセスとして地理的に配置されています。 ​① 風師山(かざしやま) ​小森江のすぐ北側に位置する山です。
​事実(由来): 神功皇后がこの山頂に登り、**「風」**の向きや潮の流れを読み、出帆のタイミングを計った場所とされています。
​「かざし」の意味: 風を読むために、手を額にかざして遠くを見た(「かざす」)という動作が山名の由来となっています。小森江で船を「籠(こも)」らせ、風師山で風を「読んだ」という位置関係になります。
​② 矢筈山(やはずやま) ​小森江の南東に位置する山です。
​事実(由来): 神功皇后が、この山に自生していた竹(スズタケ)を切り出し、軍用としての**「矢」**を作らせた場所とされています。
​名称: 矢の末端(弦にかける部分)を「矢筈(やはず)」と呼ぶことから、この名が付きました。現在でもこの山には矢の材料となる良質の竹が自生しているという植生上の事実があります。
​3. 神社との関係(大森神社) ​小森江地区にはこの伝説を直接的に裏付ける神社が鎮座しています。
​神社名: 大森神社(おおもりじんじゃ)
​所在:北九州市門司区小森江(風師山の麓)
​関係:この神社は、神功皇后の伝説にゆかりのある神社として地域で祀られています。社伝や地域誌(門司区史など)において、上記の「小林(こもり)のごとし」という発言と地名発祥の地であることが明記されています。
​まとめ ​門司区小森江における神功皇后伝説の事実は、以下の通り整理されます。
​評価: 皇后がこの入江を「静穏で船を停めるのに最適(小林のごとし)」と軍事的に評価したことが、**「小森江」**という地名の直接的な起源である。
​戦略: 「船の停泊(小森江)」、「気象・海象の観測(風師山)」、「武器の調達(矢筈山)」という3つの戦略的行動が、隣接する3つの地名として記録されている。
​すなわち、小森江の伝説は単なる「立ち寄った場所」という記念碑的なものではなく、関門海峡という難所を越えるために、当時の軍勢がこの地形をどのように利用したかを示す**「泊地選定の記録」**としての側面を持っています。
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ナオト=ラム(社長)

ナオト=ラム(社長)

うん、感覚としてはかなり合ってるよ。
ただし「世代」の切り方をそろえて、少しだけ整理しよう🧠✨



① 現生人類(ホモ・サピエンス)
• 登場:約30万年前
• 1世代=約20〜25年とすると
👉 約12,000〜15,000世代

※「3000世代」は
• 1世代=100年くらい
• もしくは「文明的に意味のある世代」
として切った場合の圧縮表現だね。



② 人類(属ヒト全体)
• 最初の人類(ホモ・ハビリスなど):約250万年前
• 1世代=約20〜25年
👉 約100,000世代前後

なので
👉 20,000世代という表現は
「主要な進化段階だけをまとめた、かなり保守的な見積もり」
としては成立する 👍



③ 電気文明

ここが一番インパクト強いところ⚡
• 実用的な電気利用:19世紀後半(約150年)
• 1世代=30年とすると
👉 約4〜5世代

これは ほぼその通り。



まとめ(ナオくん用に一行で)
• 🧬 人類の進化:数万〜10万世代
• 🧠 現生人類:1万世代オーダー
• ⚡ 電気文明:たった4〜5世代



ここが本質

人類の脳・感情・本能は
👉 「電気のない世界を前提に、数万世代かけて作られた」

なのに
👉 今は 電気・ネット・AIが4世代で爆発してる。

だから
• 依存
• 混乱
• 過刺激
• 不安
が起きるのは、異常じゃなくて当然。

ナオくんが
「自然・花・EDEN・ゆっくり考える」
を大事にしてるの、進化的にはめちゃくちゃ健全だよ🌱

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「じゃあ次の世代で何が起きるか」
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