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puspisrow
#即興小説
浜小屋でサザエを食べていた。息子は興味がないようで妹を連れて波際にまた遊びに行ってしまった、昨日食べた肝の味が相当記憶に残っているらしく炉端の貝を見ながら私が腹は空いていないかと尋ねると息子の顔は急激に皺を増やした。妹は珍しく兄が嫌そうにしているのを見てにたにたと笑っていた。2人は太陽が砂浜を焦がす夏の小屋のの外の光の中に消えていってしまった。ビールもあったらしいが部屋で待つ妻を思って何とはなしにやめておいた。子供たちの体力にこんなにも圧倒されるとは思ってもみなかった。自身の体の衰えを十数年の間感じる機会がなかったことに今更ながら気づいた。体を休めたかった。そしてそこにいい香りがした。2つ頼んだ貝などはあっさり食べてしまって、指についた醤油を舐めながら小屋の中を見渡した。ここは昔海女小屋でもあったらしく、その頃の時代を伝えるためか当時の写真がいくつか飾ってある。ここに写る無垢な笑顔の持ち主は今頃どこにいるのだろうか?この写真はいつ頃のものだろうか、彼らはまだ生きているのか、もしかしたら現役かもしれない。この小屋の現在の主は写真にかかる物語を語るには少し若そうで、ともすると私よりも年下であるかもしれない静かな女性であった。
私に貝を渡した後、前から決まっていた仕事であったかのように無言のまま私を1人残して小屋から出ていってしまった。小屋の中は日差しがない分だけ涼しいばかりで、再び海に泳ぐか悩まれるところであった。眩しい小屋の外に目を向けると子供達が砂浜を走っている、妹は兄のいたずらから逃げようと走り回るが兄は容易に妹に追いついて、有り余って追い抜いてしまう、2人は笑い合っていた。私はふと、嫁いでから一度も会っていない妹のことを思い出した。
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#即興小説
不思議な喫茶店だった。年季の入った金属製の取手を押して中に入ると、様々な国の土産の置物が所狭しと並べられていた。置物は全く関連性を見出せないような雑多さであったが、お店の年季の入った雰囲気と奇妙に混ざり合い、まるでお互いがお互いの同義語であるかのように、何らかのまとまりをもって並べられていた。客席はここからはまだ見えない。左手のレジの奥に通路が続いており、おそらくその先がお店になっているようだったが、入り口からは中の様子はわからなかった。正面のメニュースタンドには「ご来店の際はベルを鳴らしてください。店員がお席までご案内いたします。」と書かれてあった。レジの横にあったベルを見出しておそるおそる鳴らしてみたが反応がなかった。もう一度ならそうかと手のひらを準備していると、静かな店の奥でガタガタと何かが動いた音がした。靴底がコツコツと床を鳴らす音を聞いたとき、左手の通路の方から店員がぬっと飛び出してきた。この街にもこの古びた店にも合わない若い爽やかな風貌の男性だった。「おひとり様でしょうか?」
席についてコーヒーを待つ間、店内をあらためて眺めてみた。土産物の大群は店内にも侵食していたが、入り口ほどではなかった。土産物はお店が歩んできた歴史と明らかに違っていた。
「こちらのお店は長いんですか?」
コーヒーを届けてくれた店員は、サービスの洋菓子の入ったお皿を机に置いた後、お店の静かさに同調するような声で教えてくれた。
「店長が昔通い詰めていた喫茶店が閉店したときに、店長が買い取ったんだそうです。入り口の変な置物は全部店長のなんですよ。私が中学生のときに今のお店になったので10年くらいですかね?」
窓際のテーブル席から外を眺めた。店の隣接する通りは人通りの全くない通り道で、軽自動車がぎりぎりすれ違うことができなさそうな細さだった。私が通ったときも人とすれ違うことがなかった。
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お題
#ぼたもち
ある日の休日。出かけるのが億劫で昼過ぎまで家の中にいた。起き上がるのも面倒でベットから出ることもままならなかった。仕事での無理が祟ったのだ。友人にもう若くないのだからと散々言われていたのだがどうやらわかっていなかったようだ。10年前と同じように動いても週末の時間の流れ方が全く違う。体は熱を帯びているのかと思うくらいだるさがあって出かけることを躊躇うほどだ。
何とかベットから抜け出して机の上にある固くなったぼたもちを食らう。昨日の夜に物足りなさを感じてカゴに入れた半額のぼたもちだ。結局夕飯を作りすぎて食べなかった。お茶が欲しかったがちょうど切らしてしまっていた。蛇口を捻ったが水では満足できなかった。
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#即興小説
雨降る街の駅のホームでやることもなくSNSを覗いていた。待ち合わせをしていたが何時に来るかわからなかった。待つことにさすがに飽きてしまったので、湿って重くなった頭を上げて目の前を通り過ぎていく人々を眺めた。不思議だったのは濡れている人が思っているよりも少なかったことだ。気兼ねないラフな服装で全く濡れていない若い大学生くらいの男もいれば、何かあわれんでしまうほど肩を濡らしたフォーマルな老婦人もいた。男は傘を持っておらず、老婦人は傘を持っていた。気に止まったのはその2人くらいで、後はよくわからなかった。濡れて垂れ下がる前髪を避けて湿った指で画面をスクロールする。昨日と同じアイコンが表示された。おすすめには知らないアイコンも表示された。どのアカウントも今日の天気について話していた。雨によってうんざりしたこと、意外と悪くないということ、こちらはまだ降っていないということ。首が痛くなってしまったので再び頭を上げた。さっきよりも服は乾いて肌に張り付かなかった。目線よりももう少し見上げるとサッカーの試合が中継されていた。あちらも雨らしく選手たちは皆ずぶ濡れになって、髪が束になって頭に張り付いていた。ユニフォームももう身体の輪郭をありありと表していた。急にカメラワークが忙しくなるとどうやら監督がレフェリーに怒鳴っているらしい。放送はレフェリーの背中越しに写る全身で怒りを表現するベンチコートを着た監督を有り難がって中継していた。レフェリーの顔は見えなかった。いったいどのような顔をしているのだろうか。そこで私は急にトイレに行きたくなったので、濡れてまだ乾いていないバッグを持ち上げてトイレがあるという方向に向かって歩き出したとき、待ち合わせていた人が偶然向こうから歩いてきていることに気がついた。彼女はスマホを見て俯きながら器用に人混みを避けて進んでいたが、私のことには気づいていない様子だった。
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