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のしがもす
妹が…!買ってきてくれました!!
我が推し、北畠顕家公の御朱印とお守りたち!
御祭神 北畠親房公 北畠顕家公にちなんだものになっていてテンション爆上がりである笑
切り絵の御朱印はいつもと向きが逆バージョンなので、弓矢が逆になっているが、藤と菖蒲?などが美しくも格好良く顕家卿を彩っているのでとても良き✨✨ 額に入れて飾らねばな[泣き笑い]
ポニーお守りさんもかわよい✨✨
画像2の今年の御朱印もとても素敵なので、
大阪に行ったら必ず行かなくては✨✨
(行く予定があるわけではない笑)
#阿部野神社 #北畠顕家 #北畠親房


のしがもす
【親房の'冠位十八階’特殊記述について】
※誤字脱字入れ忘れが多かったので再投稿。前の投稿にいいねくださった方、すみません。ありがとうございます😭✨
二次創作の漫画の解説を書くのに、いっぱい本を借りてきてネットでも調べて、自分でわかりやすく書けているか確認してから書いているのですが、最近ネット検索するときは、きまって'AIによる概要'がまず出てきて、それっぽくまとめてあるけどやっぱりちょっと違う。正しいこともあるし、間違ってることもある。いや、読まなければいいのですが、気になって読んでしまって時間とられるww
…以前のように、辞書の意味だけでいいと思うのです😭
さて、関係ない前置きはここまでにして、新たに二冊借りてきました…!やはり何冊か論拠にしたいから!でも、書いてあることは前に借りてきた他の人の本とほぼ変わらずでした!!そりゃそうだ🤣
それから、画像2を見ていただけますか?著者ご本人による寄贈本でテンション爆上がりです🤣
私の歴史に寄り寄りな二次創作をお読みいただいている方は、なぜ職原鈔(抄)関連本?関係ないのに??と思われたかもですが…実は…
北畠親房が幼くして即位した後村上天皇のために『神皇正統記』と『職原鈔』を著したあのとき。この二冊は、参考にしていた'皇代記'(※戦時中で何も本持ってきてなくて、尋ね歩いて探してやっとこさ見つけたとかなんとか)と自分の記憶を頼りに仕上げたために誤記が多いことは有名ですが、その誤記の中で光っているのが『冠位十八階』説。もちろん'冠位十二階'が正しいですよ!
親房ほどの傑物がこんな間違いを?
本当はどうなのか!?
私は今まで親房は、
この状況、いつ落城して死ぬかもわからない…いつ死んでも大丈夫なようにと天皇のご教育ために急いで本を仕上げていて。でも、とにかく時間がないから記憶がふわっとしているところは記憶違いのまま書いて、あとは皇代記に書いてあるままに…だから、冠位十八階と書いたのは書き間違えか親房の記憶違い、
だと思っていました。
ところが、『職原鈔』にも'冠位十八階'と書いてあると聞きつけたのです!
え…まさか記憶違いでも書き間違いでもなく、冠位十八階説があったとかあるのだろうか?!うそだろ…どうなんだ?!?
と、思い研究本を借りてきたのですが、どうやら親房が借りてきた’皇代記'のほうに冠位十八階と誤った記述がされていたらしいのです[泣き笑い] つまり、誤記をそのまま、間違ってるだろうなとは思いつつ書き写したと。
結局、親房は生き残って、後に自分の書いた本がめちゃくちゃ書き写されて愛読されていることを知り、焦る。
親房自身、書くのは書いたけど、とりあえず書いただけで読み返したりもしていなかったらしいw
恐くなった親房は、写本を手に入れて読んでみたそうな。それが神皇正統記の写本のとある奥書に書いてあり、曰く、『錯乱多端なり』だそうで[泣き笑い]それで、いささか修正を加えたから前のを見た人『嘲哢すること莫かれ』だとあります[泣き笑い]
肝心の、このときの修正、'冠位十二階'は含まれていなかったようなのです?!?え!?!と思いきや!なんと、
この当時、参考にした本があってその本から書き写したりしている場合、'たとえ内容が間違っていたとしてもそのまま間違ったままにする'らしいのです!逆に、それが"その本から書き写した証拠になるから"だそう!
なんだぁ!!そうだったんだ!!![目がハート]
で、親房の著作物…愛読者が多かったために、彼の没後も何百年もかけて書き写されては訂正されたり書き加えられたりしては愛読され続け…本来、親房が書いたものとは別物になっているものも![泣き笑い]
そこで現代の研究者が親房の書いた原本に迫る証拠の一つとして、『冠位十八階』という特殊記述が重要だそうで[泣き笑い] 巡り巡ってきましたね笑
親房が敢えて『十八階』と書いたままにしてくれたおかげで、それをそのまま踏襲している写本は信頼がおけるそう[泣き笑い] 間違ってるのがここで生きてきた[泣き笑い]さらにこの特殊記述こそ、神皇正統記と職原鈔とが並行して執筆された証拠でもあるとか✨
そして、その職原鈔の写本の内のひとつが北畠家に伝わっていたものでした。さすが学問のお家です[照れる]その本の奥書によると、親房の甥(?)北畠顕統から後世に伝わっていったようですね。顕統本と呼ばれているそうな。
いやはや、研究する人ってすごいですね…
こんなところから探っていくとは…全く知らなくても面白いです[泣き笑い]
まあ、これはこの本のごく一部ですが[疑っている]


のしがもす
さっき読書の星で投稿しましたが、歴史好きの方のほうがエモいかも?!な内容です[照れる]
ご興味のある方は、#のしの読書感想トンデモ話 からどうぞ♪
後の三房と称される北畠親房。彼はなぜ冠位十二階を'冠位十八階'と書いたのか。執筆状況から単なる誤りと思いきや、やっぱり違いましたね[泣き笑い]
#北畠親房 #読書
のしがもす
『北畠親房の研究』
初版91年、増補版98年の本なので、図書館にもあったりなかったりするようで…読書感想も少し詳しくやっていけたらなと思います。私はラッキーなことに初版本は図書館で借りられ、増補版はさらに運のいいことに購入できました!違いは補論。「中世の宗教運動とその創始者」が除かれ、新たに二篇「中世神道と北畠親房」「真言内証義について」が加えられています。
こちら、著者白山さんの論文集なので、収録されている本を調べたら該当分だけ読むことは可能です。
さらに、一緒に借りた『神道説の発生と伊勢神道』、平成22年出版なので白山さんの研究もさらにパワーアップしていて、私も引っ張られそうになりますが、グッと堪えて『北畠親房の研究』だけの感想を書きたいと思います。
北畠親房の略歴、一生については、前に私が描いた落書き漫画をご覧ください。#あきーえとかあびい から探してくださ…コメント欄に貼りますww
第1章 北畠親房の思想的基盤
初っ端からすごいなと思うのが、和歌から親房の思想にせまるところである。
なぜ和歌なのか。
まえがきによると、「和歌に対する考え方などは、伊勢神道学習によって変化するとは思われない…中略…そしてら得られた結論は、和歌について儒教的な政治思想としての詩道で説明しようとしているということである。」だ、そうだ。つまり、親房の前半生の基礎的教養は儒教にもとづくものであり、出家前と出家後、あるいは伊勢との接触前と後とにおいても、和歌に対する考え方は大きく変化することはなかったということだ。
ほほん。
著作物は学んだ思想に左右されていくが、和歌は変化しないというところに目をつけるのが面白いですね。
さて、白山さんは親房の和歌に関する思想を知る材料として『古今集註』『神皇正統記』を挙げている。
正統記では諸道・諸芸の民を導く上での重要性と、中国古代の四術(詩・書・礼・楽)を紹介し、日本には三道(紀伝・明経・明法)と算道を合わせた「四道」があり、これには「詩・書・礼」の三術がとり入れられていることを説いているそうだ。次に医道・陰陽道も国の至要であると説き、四術の残り一つ楽について、芸能の如く思われていることを「無念」であるとし、「良い音楽が流行するのはよい政治がなされている印であり。悪い音楽が流行し始めると国家は衰退し乱世が到来するという古代中国の思想にもとづき、政治の上でも音楽を高雅なものに導いていかねばならないと考えるものである。そして自らの政治を反省する材料としなければならないという、そのような道であると説く。」のだそうです。現在(親房の時代)の人々の詩歌は、詩学の本来的な姿にはもとるが、『シカレド、一心ヨリオコリテヨロヅノコトノ葉トナリ、末ノ世ナレド、人ヲ感ゼシムル道也。コレヲヨクセバ僻ヲヤメ邪ヲフセグヲシヘナルベシ。カカレバ、イヅレカ心ノ源ヲアキラメ正ニカヘル術ナカラム。』と説いている。ここまでほぼほぼ本文抜粋でしたww
この中で、「一心ヨリオコリテヨロヅノコトノ葉トナリ」の部分は、古今集註でも繰り返し同様に述べている『正統記』の一文だそうで、親房の言いたいことということですかね。
そして、囲碁など(現代でいう'ゲーム'などのことも指す)のかりそめの戯れの芸でも、「それに熱中すれば心が鎮静され軽々しい行動をしない予防となるとし、その根本の精神にいたらずとも一芸は学ぶ方がよいと説く。」と書いてあります。これは同じように孔子も言ってるよ!だそう。物事に熱中することで心を落ち着けることの大事さ、現代の教育の場でこそ言って欲しいお言葉である!
これら親房の著作物は、後村上天皇や南朝方の親王に御指導を申し上げるために書かれたものだとか。南朝方の親王で詩歌に秀でておられた親王といえば、宗良親王のことですよね。
さて、神皇正統記に見られる和歌は、後村上天皇の政治の参考になるような歌を親房は敢えて選んでいるとのこと。そんな親房が詠んだ和歌、125首…重出を除き、106首が現代でも知られるとのこと。その全体の八割が宗良親王にお贈りしたものだそう。宗良親王の幼少期を知っている初老の親房と壮年になった宗良親王とのやり取りも印象に残りますが、先立たれてしまった方々への想いがこめられたもの、そして戦死した顕家の父としての作の一首。我が推し、顕家卿…私も思わず涙が出てしまいます…親房の和歌からは、自然愛好の思想と尊王思想とが同時に出てきているのだとか。
そういえば、「古今集註」とは古今集注釈書なのだそうで、そこには、『あしき詞』=不吉な詞を用いてはならないと説いてあるそう。これは先ほども出てきた政治と結びつく。つまり、政治に悪影響を及ぼすようなあしき詞を用いてはならない、と親房は言っているのだそう。あ…訂正します。…進言しているのだそうです。
結局のところ、親房の著作物のほとんどが若くして即位することとなった後村上天皇の政治学上の参考になるようにと著されているということでありましょうかね。流石は、後の三房のひとり。
親房の、真面目で心の内から滲み出る愛国心と責任感がありありと伝わってくるようですね。
【あとがきより】
元になった原論文名と掲載雑誌名。
「和歌にみる北畠親房の思想」(季刊日本思想史)
どうでもいいですが、もしや千字の字数制限無くなりました??笑

のしがもす
今回は作者にせまる?!
前回読んだ①『神道学論文集』②『妙見信仰の史的考察』に引き続き、今回も借りてきました!
三冊。北畠親房祭り笑
こちら、実は同じ作者白山芳太郎さんの本と論文。①の論文に著作物が書いてあったので借りたのです!なぜなら…①を3回読んでもなんとなくしか意味がわからなかったから🤣もっと詳しく書いていると書いてあったため借りてきましたが、なんと調べてみたところ、白山さんは北畠親房と神道の関係の研究の第一人者というではありませんか!!
さて、ここからがトンデモ話。今回の本を最後まで読んだわけではありませんが、どうしても今書きたくてww
⚪︎神皇正統記 現代語訳 今谷明
こちらの今谷さんは、親房とは距離をとった書き方をする方でした。主な理由は、神皇正統記にある矛盾だろうか?この矛盾は親房がわざとそのように記しているのだが、読者が留意しないと親房の筆鋒に引きずられる傾きがあると書いている。…わかるww
また、あくまで史実を踏まえた上で、神皇正統記を歴史書として読まれるように心がけたともある。そして、儒学思想については書いてあるが、神道云々についてはほぼ書いていない。何が言いたいかというと、この今谷さんは、『僕はこう書いたけど、読者の主観に任せるからね?ね?ね!』とするのに邪魔なものは全て取っ払って、親房の書いた神皇正統記ではなく、『神皇正統記』自体と向き合って読んで欲しかったようなのだ!他の本がどういう書き方なのかが気になる気もします。
⚪︎北畠親房 岡野友彦
岡野さんは、親房への尊敬の念を押し留めつつ客観的に書いていた気がします。読者に親房とはこんな人ですよ〜とスッと入ってくるように書いてある。歴史上の人物を勉強する上では、一回読んだだけで意味がわかるように書いてあるのほどありがたいことはない。私が抱く感想も筆者よりも親房に対してのことしか出てこない。わかりやすくて読みやすかったですし、北畠亭の場所も特定できましたし笑
⚪︎北畠親房の研究 白山芳太郎
なんだかうまく書けませんが、とても親房への愛…敬愛だろうか…に溢れているんですよね。いやもう文面全てがなんですwまださわりしか読んでないんですけどもwwそもそも前回の①の論文で惹かれたぐらいなのでそりゃあそうなのですがww
もう、見習いたいぐらいの愛。どれだけ調べて、親房の気持ちを推し量ったり、いろんな角度から見つめたりしたのだろうか。親房の著作物はもちろん和歌や返歌をした人の気持ちまでも考えていらっしゃる…さわりだけなのに!!
ただ…難しい。書き方じゃなく、詳しく書かれすぎていて、愛が深すぎて難しい。目から鱗情報がボロボロ出てくる。親房を存分に知ってから読まないと難しい。正直ワクワクしながら読んでいるので、楽しい!結構調べてきたつもりでしたが、「まだまだ足りんかった!!」笑笑
私が本を読んだ順番、この順序で本当に良かった〜ふぅー☺️
そして、上のお二人…参考資料に「北畠親房の研究」を書いているのに親房と神道の関係の内容にはあまり触れていないのは…完全にそういうことですよね?白山さんのを読んでくださいってことですよね??笑
ね??笑笑
以上、久々のトンデモ話でした〜[ほっとする]


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