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ナゾの男
一回バチバチにガン見で10秒くらいにらみつけたら態度変わった人もいたけど
あとからこわーい…って聞こえてきた
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Keita
いじめが発生した時、ネット民たちは個人情報等を晒すなど私刑をする。しかしながらそれは認められるだろうか?
まず、合理的な尺度で判定しよう。いじめ発生時に求められることは以下である:
a. 被害者のサポート
b. 再発防止
c. 加害者に対する教育
d. 加害者に対するルールに基づいた処分
私刑はaからdのいずれも満たされない。ゆえに合理的基準からすると不適切であるといえる。
次に、倫理的基準から評価しよう。
私刑は一見すると「正義の実現」を掲げる。しかしながら、その正義は手続きも透明性も欠くため恣意的な制裁へと転化しやすい。社会において倫理が要請するのは、加害者に対して適切な責任を問いつつも、人格を否定することなく改善の余地を確保するという態度である。私刑はその余地を奪い、単なる応報に近づく。
また、私刑は集団心理を燃料とする。ネット上の群集は責任主体が曖昧で、過剰な攻撃性が許容されやすい。これは「誰もが加害者になり得る」状況を作り出し、倫理的には重大な問題を孕む。結果として、制裁が本来の目的を逸脱し、二次被害や無関係な人への波及を引き起こすことすらある。
さらに言えば、倫理は長期的視点を要求する。いじめ問題にとって重要なのは、加害者・被害者双方が社会に再び適切に参与できる状態へと修復されることである。私刑は当座の感情的満足をもたらすが、長期的な修復や成長の回路を閉ざしてしまう点において、倫理的に望ましくない。
では、感情的基準からはどうか。
いじめを目撃した者や、過去に同様の経験をした者が憤り、制裁を望むこと自体は理解できる。怒りや嫌悪は、人間が不正を前にしたときの自然な反応である。しかし感情はしばしば即時的で、事態全体の構造や影響を考慮しない。私刑はまさにこの即時性に依存しており、感情をガス抜きする装置として機能する。だが、感情の発露が社会的に正当化されるかは別の問題だ。
結局のところ、合理・倫理・感情のいずれの基準から見ても、私刑は有効な解決策にはなりにくい。
いじめ問題は構造を持つ社会的課題であり、制度的な対応・教育的介入・コミュニティの役割といった多層的なアプローチが求められる。私刑はその複雑さを単純化し、個人への攻撃に矮小化してしまうという意味で、むしろ議論を後退させる危険があるのである。
ねこ
こっちから終わらせようとしてんのに
送ってくるからマジでめんどくさい
グラビティ開かないどこうかな

きゅうじつ

ひろな
203号
おじいおばあだらけで衰退待ったなしやねんから、頑張って人口増やさないと滅びるよ??数十年後世話してくれるのは今産まれてくる子らやし……むしろ君らの方が誰かが産み育てた労働力にただ乗りする気なんキモいやろ[気まずい]

ゆら
嫌いになったとかじゃない
今だけは自分のために逃げさせてください
君に嫌われるまでずっと好きでいるって決めたから、君が嫌になるまで好きが消えることは無い
大好きだよ、君に届くか知らないけどねw
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おにぎ
とりあえず始めてみよう

れん

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なしみ

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