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こと
「誰かに愛されるために生きるのではなく、自分が愛そのものとして存在する」
母子関係においては、実感しやすい。子どもから私は愛されてるかしら?なんて気にならないし子どもに愛を注ぐのが当たり前になってる。
ただ、私は弱くて愚かなので、愛よりも目先の出来事が気にかかって本当に子どものためかどうか疑わしい行動をしてしまう。その時は、子どものためと思ってるけどね、後から振り返ると違ったなぁーってことがある。自分が安心したいだけとか、子どものこと信頼しきれてないゆえの行動してしまう。反省。
親子関係でもそれ以外でも、愛そのものの存在になりたいなぁ
コメント
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さとみ
ホール借りてやってるから照明も音響もちゃんとしてるしなによりも若さのパワーがすごくて最初はエネルギーチャージになって楽しかったのに過多すぎて疲労してきた(笑)

あきよ
3ヶ月
やっぱり旦那の給料だけじゃカツカツだな
旅行行ってる場合ではない感じだけど
旅行は行きたいぜ笑
在宅で進研ゼミの採点バイトしようとしたけど
専門学校卒はダメだったー
不登校対応中
在宅で稼ぐ方法ないかしら
#不登校対応
#母子登校

さむら
需要がないものは売れない、だから作らないという至極真っ当な話

ダイヤ

こくま
みたいな展開を勝手に妄想してた

山形30

やまし
きれいな田園や富士山や海や川も近くにないし、東京タワーやスカイツリーにもすぐ行けないし、旬の食材もすぐ手に入らないけど、
朝陽と夕陽が自宅から見える我が家最高w
ロケーションで買ったまである。

ひとみ
まぁそうよね〜
とりあえず資格は取るけど…って感じ

白米☺
自宅保育するのも離乳食手作り頑張るのも可愛い服着せるのも0歳児連れてアンミュ連れていくのも100親の都合では
だから自我が芽生える前に子供にすることって全て親の都合だと思うんだよね
てか親と過ごす時間より大事なの?って言うなら自宅保育頑張れ

斉藤思
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くずもち
私の考えというか心持ちですが、 「親は『我が子を、一人で生きられるようにするため』の存在である」と捉えています。 子どもの頃や、自立して間もない頃など、一人では生きられない時は、サポートしてあげる。 社会の仕組みや、人間関係のこと、お金のことなどを、身を以て体感させて、学ばせる。 自立した後も、我が子が迷ったり、傷ついたり、誤った道に進もうとしたら、諌めてあげる。 そう考えたら、「一人で生きられるようにする」ことに繋がらない、無意味な甘やかしや、子どもの未来を奪うような束縛が、 「親の愛」ではないことが、自分の中で浮き彫りになった気がします。
komichi
愛そのものの存在になりたいですね[星][星]