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ハーロック
男は続けた。
「自分な、いま“離婚”って言葉を聞いて、頭の中で何が起きた?」
女の子は答えようとして、喉が詰まった。
言葉にすると、本当にそうなってしまう気がした。
黒い服の男は助け舟を出す。
「たぶんやけど――
『また二人になる』『また寒い部屋に戻る』『みんなに会えなくなる』
そんなのがドカンって来たんちゃうか」
女の子は、みかんを握りしめた。
その通りだった。怖さの正体を言われて、涙がぽろっと落ちた。
黒い服の男は、ティッシュを出す代わりに、ホットココアを差し出した。
「飲み。あったかいの入れたら、心臓もあったかくなる」
女の子はココアを受け取り、両手で包んだ。
手のひらに熱が広がって、ほんの少しだけ呼吸が戻る。
黒い服の男は、襖の方をちらりと見てから、女の子に言った。
「自分がいま一番やってええこと、教えたる」
女の子の目が上がる。
「大人の喧嘩を止めるとか、仲直りさせるとか、そんなんは無理や。
それは大人の仕事や。子どもの宿題ちゃう」
女の子は、ほっとしたように息を漏らした。
無理だと思っていた。けど、無理だと言っていいんだ。
黒い服の男は続ける。
「でもな、自分には“できること”が一個ある」
女の子は、泣きながら聞く。
「……なに」
男は、指を一本立てた。
「自分の気持ちを、言葉にして渡すことや」
女の子は首を振った。
「言えない……怒られる……」
黒い服の男は、優しく否定するでもなく、淡々と言った。
「怒られるかどうかは分からん。
でもな、言わへんかったら、自分の気持ちはどこにも届かん」
その言葉が、女の子の胸の中で鳴った。
どこにも届かない。
ずっとそうだった。怖いことは黙って、我慢して、置いていかれた気持ちだけが残る。
黒い服の男は、女の子の手の中のみかんを指した。
「みかんってな、外は固いけど、中はあったかいやろ。
自分も一緒や。外は我慢で固くして、中はずっと泣いとる」
女の子は、みかんの皮を少し剥いた。
甘い匂いがした。
涙がまた落ちた。
黒い服の男は言った。
「今から練習するで。
襖を開けたら、長い説明はいらん。大人は長い話、聞けん。
短く、心の芯だけ言う」
女の子は小さくうなずいた。
男は、女の子の目を見て、ゆっくり言葉を置いた。
「言うことは三つや」
「一つ。『こわい』」
「二つ。『みんなが好き』」
「三つ。『おねがい』」
女の子は、泣きながら復唱した。
「……こわい。みんなが好き。おねがい」
黒い服の男は頷く。
「そう。あとは自分の言葉にしたらええ。
たとえば、こんなんでもええ」
男は、声を真似しない。押しつけない。
ただ例として、短く言う。
「『また二人になるのが怖い』
『おじいちゃんおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、みんな好き』
『お願い、私のこと置いていかないで』」
女の子は、胸がぎゅっとなった。
その言葉は、ずっと言いたかった言葉だった。
襖の向こうから、また硬い声が聞こえた。
「もう限界だって!」
「私だって限界よ!」
女の子の体が震えた。
足が動かない。
でも、黒い服の男が小さく言った。
「自分、いま怖いのに、ここにおるやろ。
それだけで強い。
強い子は、勇気を“出す”んやなくて、“絞り出す”んや」
女の子は、ココアを一口飲んだ。
喉が温まって、声が出る気がした。
黒い服の男は最後に、ほんの少しだけ笑う。
「泣いてええ。泣きながら言え。
泣くのは負けやない。本気の証拠や」
女の子は、袖で涙を拭いた。
みかんの皮を握りしめた。
それが、なぜかお守りみたいに感じた。
黒い服の男は、襖の前まで一緒に来て、そこで立ち止まる。
背中を押さない。
押したら、女の子の勇気が“借り物”になるから。
「自分の声でいけ」
女の子は、襖に手を当てた。
手のひらが冷たい。
でも心臓は、さっきより熱い。
襖の向こうで、両親の声が止まった。
沈黙が、いちばん怖い。
女の子の喉が鳴る。
涙がこぼれる。
それでも、襖を――
開けた。
そこには、お母さんと新しいお父さんが、険しい顔で向き合っていた。
二人の目が、同時に女の子を見る。
驚きと、罪悪感と、何か。
女の子は、声が震えながら、でも逃げずに言った。
「やめて……!」
涙が止まらない。鼻水も出る。
子どもみたいに、ぐしゃぐしゃだ。
でもそれが、今夜の正しさだった。
「わたし……こわい!
また、ふたりになるの、こわい……!」
息を吸って、次の言葉を絞り出す。
「お母さんも、お父さんも……おじいちゃんも、おばあちゃんも……!
みんな、だいすきなの!」
声が割れて、涙で前が見えない。
それでも最後の一つを言う。
「お願い……!
わたしのこと、置いていかないで……!
みんなで……みんなで、いて……!」
襖は開いたまま。
女の子の小さな主張が、部屋の真ん中で震えていた。
その震えは、壊れそうな弱さじゃない。
忘れていた純粋さが、世界を叩く音だった。
#希望 #自作小説

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ちゃんちー


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よぬ
一転、
貴重な晴れ間、、



シャン


あーちゃん
本当は、木更津アウトレットに行く予定だったけど、大渋滞に心が折れて海ほたるでゴーゴーカレーを食べてUターン。
帰る前に綺麗な夕日が見れたので、ここまで来てよかったな♫



taiだ🕶 Ver6

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って感じだったけど東京帰ってきたら「あっづっ!!!痛ァっ!!」
ってなった。

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