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闇バイトダメ・創作家

闇バイトダメ・創作家

沈黙の国境

空港のロビーは静かだった。
深夜の便で降り立った青年・遥人は、薄暗い照明の下でパスポートを握りしめていた。彼は、ある国に来た。名前は伏せるが、観光地としても知られ、近年は急速な経済成長を遂げている。だが、その裏側には、誰も語らない闇があった。

遥人は、フリーターとして日払いのバイトを転々としながら暮らしていた。服や靴、アクセサリーなどのハイブランドが好きで、収入以上に買い物を重ねてはリボ払いで借金を膨らませていた。支払いは限界に近く、治験の募集広告を真剣に見ていた頃、倉庫作業の現場で仲良くなった気さくな兄ちゃん・陸から「もっと楽して稼げる高収入の仕事がある」と耳打ちされた。

最初は「怪しいな〜」と笑って流そうとしたが、陸の話は妙にリアルだった。「未経験でも資格はいらない」「現地で日本語を使うだけ」「観光ビザで問題ない」「安全な場所に滞在できる」。疑問はあったが、パスポートはすでに持っていたし、金に困っていた遥人は、「まぁ、ちょっと行ってみるか」と軽い気持ちでその誘いに乗った。

到着した空港では、待っていた男が無言で荷物を指差し、「渡せ」とジェスチャーした。遥人が戸惑いながらバッグを渡すと、すぐに車に乗せられた。車内で何の説明もないまま、パスポートとスマートフォンをいきなり没収された。「え?」と声を出す暇もなく、車は走り出した。

着いた場所は窓のない雑居ビル。中に入ると、外国語で書かれた書類を渡され、「サインしろ」と促された。何が書いてあるかはわからなかったが、断ればどうなるかもわからなかった。遥人は震える手でサインした。その瞬間、逃げるという選択肢は消えた。

与えられた仕事は「日本人を対象にしたカスタマーサポート」だったが、実態は詐欺だった。偽の投資サイト、偽の通販、偽の行政機関。遥人は、騙す側に立たされていた。「これはマジでやばい」と確信したときには、すでに遅かった。声を上げれば暴力が待っていた。逃げようとした者は殴られ、監禁された。遥人は、恐怖と罪悪感の中で、ただ日々をやり過ごすしかなかった。

ある夜、同じ部屋にいた青年・カイが囁いた。「俺は脱出する。君も来るか?」
遥人は迷った。だが、もう限界だった。「よし、行こうぜ」と笑ってみせたが、手は震えていた。二人は作戦を練り、深夜にビルを抜け出した。金はなかった。タクシーにも乗れなかった。だから、二人は走った。街灯の少ない夜道を、息を切らしながら、国境近くの町を目指して走り続けた。

途中、警察に見つかりそうになり、物陰に身を潜めながら進んだ。カイは英語が堪能で、事前に調べていたNGOの避難所の場所を頼りに、道を案内した。ようやくたどり着いたその場所は、鉄の門に囲まれていたが、インターホンを押すと、優しい声が応答した。「あなたたちは安全です。中へどうぞ。」

遥人は、そこで初めて「声を上げる」ということの意味を知った。スタッフは言った。「あなたの証言が、他の被害者を救うかもしれません」
遥人は、震える手で証言書を書いた。自分が何をしていたか、何を見たか、何を感じたか。涙が止まらなかった。

数週間後、現地の警察が詐欺拠点を摘発したというニュースが流れた。だが、主犯格は逃げていた。遥人は帰国したが、心の傷は残った。日本では誰もこの話を知らなかった。彼が語ろうとすると、「そんな国に行く方が悪い」と言われた。

それでも、遥人は語り続けた。働いていた店の常連客に話し、SNSで発信し、同じような被害に遭った人々と連絡を取り合った。彼の声は、少しずつ広がっていった。

ある日、彼は手紙を受け取った。カイからだった。
「君の言葉が、僕を救った。ありがとう。正義は、誰かが信じ続けることで動き出すんだね。」

遥人は空を見上げた。沈黙の国境を越えたその先に、確かに正義はあった。それは、声を上げる勇気から始まるものだった。

帰国後、遥人が最初に向かったのは、コンビニのATMだった。残高は……見なかった。見たら泣くから。でも彼はもう知っている。本当に大事なのは、ブランドのロゴじゃなくて、自分の名前を堂々と語れることだ。

詐欺の現場で学んだことは多かった。英語の聞き取り力、逃げ足の速さ、そして何より「契約書は読める言語で書いてあるか確認すること」。今ではそれを笑い話にできるくらいには、前を向いている。

SNSでは「元詐欺現場から生還した男」としてフォロワーが増え、講演依頼もちらほら。カイからの手紙には「君の話、めっちゃバズってるよ。俺もそろそろインフルエンサーになるかも」と書かれていた。

遥人は笑った。「俺もそろそろ、借金返済インフルエンサーって名乗るか…」
そうつぶやいて、彼は新しい靴を履いた。今度は中古で、ちゃんと値札を見て買った。

正義は遠くにあるものじゃない。ちょっとした選択の積み重ねの先に、ちゃんとある。
そして今日も、遥人は誰かにこう言う。

「その話、ちょっと怪しくない?」

——そう、今度は“気さくな兄ちゃん”の役を、彼が引き受ける番なのだ。
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コメント

そら

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それ実話だろ 私の電話にかけてきた詐欺サイトと一緒だろ

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