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ふぁるる

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《灰の選択》第三話:黄昏の壁

 王都セレスタ。荘厳な大理石の尖塔と、積み上げられた白壁の建物が日差しに照らされ、穏やかに風をはらんでいた。

 だがその美しさとは裏腹に、街の片隅には常に重たい気配が漂っていた。徴兵の呼びかけに怯える民の声。帰ってこない兵士の名前を涙ながらに呼ぶ母の声。そして、何より――“戦争は終わらない”という諦念。

 

 その中心、王城の一角。白亜の謁見の間の奥にある小さな会議室に、ユウトはいた。

「……陛下は、和平の意思など欠片もお持ちでないようだな」

 外務卿アストレアは、窓から射し込む光を遮るようにカーテンを閉め、ぽつりと呟いた。

「俺の“理の目”で見ても、それは明らかだよ。あの人の中には、勝利しかない」

 ユウトは背もたれに体を預けながら、低く答えた。軽く茶を口に含む。だが苦味が口内に広がるだけで、喉を通らなかった。

「君は……どうして魔族の姫を助けた? 王の逆鱗に触れると分かっていて」

「……誰かが倒れていた。泣いていた。ただそれだけだ。理屈じゃなかった。……でも」

 そこまで言って、ユウトは少し目を細める。

「……あの時の“本音”が、俺の目には見えたんだ。あんなにも――助けを求めていた瞳を、見過ごせるわけがないだろ」

 アストレアは無言で頷いた。

「私は君の判断を支持する。だが……王の目は日に日に厳しくなっている。外出ひとつ、衛兵が三人も付くとはな」

「監視も兼ねてるんだろうさ。魔王の娘を救った“危険人物”だからな」

 ユウトは皮肉気に笑うが、その目に浮かぶ影は拭えなかった。

 

 王国の空は、戦の予兆に濁り始めていた。

 

 ──数日後、前線の砦。

 砦の名は〈灰鋼の壁〉。魔族の侵攻を幾度となく跳ね返してきた最前線の要地である。

 そこに、新たに人員が移送された。ユウトもその一員だった。

「ようこそ、地獄の玄関口へ。魔王が茶でも出してくれるとでも思ったか?」

 からからと笑いながら、逞しい男が肩を叩いた。漆黒の鎧に金縁の紋章。“王国の盾”と謳われる将軍、クラウス・リーベルト。

「君が噂の異世界人か。……思ったより細身だな。剣よりペンが似合いそうだ」

「前にも言われたな、それ」

 ユウトは苦笑しつつ手を伸ばす。クラウスはその手を力強く握った。

「安心しろ。俺たちはちゃんと君を仲間として迎える。戦いは嫌いだろうが……砦は、強い心で守られている」

 

 砦の訓練場では、兵士たちが剣を振るい、弓を構え、声を張り上げていた。

 その隅で、また一つ賑やかな声が響いた。

「こらーっ! また副官の報告書を積んだまま逃げたでしょ、リィナ将軍!」

「ひぃっ、ごめん! いや、あれはね、ほら、実はあたしじゃなくて風が運んでいっちゃったというか……あはは!」

 真面目そうな容姿に反して、砦中の部下を翻弄しているもう一人の将軍、リィナ・クロイツ。口では軽々しいが、その剣技は一騎当千の逸材。クラウスと並んで、王国最強と称される存在だ。

「でも……見てなさい、クラウス。いざという時は、私がこの砦を守ってみせるんだから!」

「いざという時に“なる前”に、書類を片付けろ。でないと俺が泣く」

「わーっ、クラウスの癒しが減ったぁあ!」

 

 くだらないやり取りに見えて、その中にある絆は固い。

 砦は戦の地でありながら、彼らのような存在が空気をやわらげていた。

 

 その日の夜、砦に小さな警鐘が鳴った。

「敵斥候が南方に出現! 魔族か、それとも盗賊か、詳細不明!」

 クラウスとリィナはすぐさま指示を飛ばし、ユウトも自警塔から地図を読み取った。

 だが、彼の“理の目”が捉えたのは……それ以上の異変だった。

「……これは、ただの陽動だ」

 ユウトは小さく呟く。光の屈折。視線のわずかなぶれ。空間に忍び寄る、気配の違和感。

「……どこかで、別の何かが動いてる。――魔族じゃない」

 

 翌日。報告のため一時帰還していた伝令兵の死体が、王都近郊で発見された。

 喉元に残された黒い焦げ跡――高位の魔術によるものだった。

「まさか、魔族側にも内通者が?」

「違う。これをやったのは、“人間”だ」

 ユウトの瞳が、静かに赤く光った。

 

 その夜、ユウトは静かに筆を取り、アストレア宛てに一通の手紙を綴る。

『この国は、気づかぬうちに“選択”の岐路に立っている。

 表面だけ見ていては分からない。

 誰が敵で、誰が味方か。今、王国にはその境がない。

 けれど俺は、もう迷わない。

 あの魔王が笑って死ぬ未来を、見過ごすつもりはない。』

 

 空は、徐々に赤く染まりつつあった。

 砦の壁に射す黄昏は、希望か、それとも破滅の炎か――。

 

(続く)
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