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ミルトン
「美味いんだよ、これが」と言っていたが、家族は誰も真似しなかった。
関西ではよくソースをかけるらしいが、少なくとも我が家ではなじみがなかった。みんな気持ち悪がっていたのだ。
父は家族の中でも少し浮いていたかも知れない。孤独だっただろうと思う。
父には家業の洋服屋で働く以外は生きがいがなかった。一心不乱に仕事だけをした。まったく遊ばなかった。
そのくせ「寝るより楽は無かりけり」というのが父の口癖だったのだ。
「なぜ遊ばずに仕事ばかりするのか」と父に訊いたことがある。「怖いんだよ…」と父は言った。
父はパーキンソン病にかかっていた。
今は良い薬があるらしいが、昔はパーキンソン病にかかるとだんだん身体が動かなくなった。
父は仕事中に転ぶことが多くなり、顔面が血だらけになっていた。それでも仕事をやめないのだ。
転んだ父を、僕は冷ややかな気持ちで見ていた。家業が嫌いだったのだ。
二浪してどこの大学にも受からず、家業を継ぐことになったが、ろくに働かずに店を潰すことになる。
一度だけ店の仕入れの帰りに、父とお茶の水の明治大学に行ったことがある。
父は明治大学の商学部卒だった。僕が日本大学に落ちた時「日大に落ちるなんて…」とずいぶん呆れられたことを思い出す。
「ずいぶん変わっちゃったな」と明治大学の校舎を見て父が言った。
それでもまだ学生運動の独特な字体の立て看板が残っていた。
明治大学の帰りに三省堂書店に行った。こんなに大きな書店は千葉には無かったので喜んだ。
カフカやセリーヌの本を買ったのを覚えている。父は何も買わなかった。
父の本棚にゲーテの「若きウェルテルの悩み」があった。父にもウェルテルのような時期があったのだろうか。
父と母はお見合いで結婚している。母はよく「お父ちゃんと結婚しなきゃ良かった」と愚痴をこぼした。
食べるものが無く、父にマクドナルドのテリヤキバーガーを買って来たことがある。
「なんだこりゃ、すごくまずいな…」と一口食べただけで父は言った。
父はハンバーガーを食べるような世代ではなかったのだ。父の食べ残しは気持ち悪いので捨てた。
父の身体はパーキンソン病によってほとんど動かなくなった。それでも仕事をしていた。
「俺はもうすぐ死ぬ…分かるんだよ…」と父は言った。
「何言ってんだよ」と僕は言った。死なないと思ったのだ。ところが父は死んだ。
朝に父の寝床にゆくと、布団から這い出して、右手を大きく伸ばしたまま硬直していたのだ。
まるで誰かに助けを求めるように。
医者を呼んだ。一緒にやって来た看護婦が、曲がったまま死後硬直した腕を力づくで直した。僕は怖くなった。
父の死後、一度だけボンカレーにソースをかけて食べたことがある。
思いのほか美味しかった。
父に冷たい態度を取った自分を酷い奴だと思った。

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