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伯爵

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心が何かというのも問題ですが、木や草にも心はありますか? 石や岩はどうですか? で、ひるがえって心とはなんですか?心が何かというのも問題ですが、木や草にも心はありますか? 石や岩はどうですか? で、ひるがえって心とはなんですか?

回答数 24>>

さだまさしの「防人の詩」のような議題ですね。

何を「心」と定義するか?によりますね。
草や木は脳を持たないため、長年「心はない」とされてきましたが、近年では他の生物と交流を図ったりしていることがわかりました。
きのこなどはもっと面白く、菌のネットワークを通じて森全体を管理したりする、といった研究結果も発表されています。

心とは、脳の作用だけではなく、神経系によってもたらされる情報処理の副産物的な作用であるのかも知れません。

さて、植物には定義によっては「心がある」と判断しても良さげな点はありました。
石や岩は?というと、これは現時点では「無い」といって差し支えないかと。そもそも無機物ですし、生体反応がないのです。「何を持って生命とするか?」まで遡れば、議論が飛躍しすぎますから、対象としては除外しましょう。「岩は生命ではないが地球は生きている」みたいな話になります。

さて。そこいらにある岩を、地蔵の形に彫ったら、人はそれをおろそかにできなくなります。これは「地蔵に心がある状態」なのかも知れません。

とすれば「心」とは、「自分にあると信じていて、他人にもあると期待する、主観による偏見と錯覚である」とも言えるのではないでしょうか。
人は自分を認識するのに、自分以外の誰かを必要とします。自分と、自分を取り巻く世界の認識は、所詮は「主観と錯覚による認知」なのかも知れません。

すると山にも空にもパワーストーンにも、人によっては「心」が宿るのだと思います。
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コメント

愛善院

愛善院

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植物言語や菌類言語も面白い世界ですよねぇ。私は特に菌類言語の周波数が面白く感じています

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tarepansky

tarepansky

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岩のタイムラインについてはすでに、 「さざれ石の 巌となるまで」 などと岩や石のタイムラインがあることが、われわれに示されています。 こういう風に考えると、石や岩にも有機物と同じように心が「宿る」と考えて差し支えないように思います。 そう考えるとヒトにもイヌにも石にも岩にも地球にも太陽系にも心が宿ると、何なら風にも、心が宿ると考えられます。 我々が外界を認識するためには、外界の分節化が必要になります。分節化次第で何でも「こころ」を「持ってしまう」 うーん、何かおかしな事になりますが、要約すると、 心の本態は対象との相互作用なんだから、外界の分節化次第で何にでも心がある。 となるのかな?

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伯爵
伯爵
その「石にも岩にも有機物と同じように…」という、(心の受け取り手の)主観的なもの(偏見や期待)こそが「心」かも知れないなー、という仮説です[笑う]
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tarepansky

tarepansky

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伯爵さんの意見にかなり激しく同意です。 迷っているのは、心に生体反応が必要かどうかです。 岩にも内部の変化があります。我々が所謂生体反応とか生理反応とと呼んでいるものとは見た目が(我々の認識が)随分と違いますが、外界からの働きかけにより内部のホメオスタシスを保とうとしているプロセスという点では変わりません。ただ大きく違うのは時間軸の長さ?と刻み方だと思います。 外部との相互作用による恒常性の維持という点は、実体が有機物か無機物かにかかわらないと思えます。 ただ決定的に違うのは、時間の流れ方、タイムラインの刻みの荒さ(他に言葉が見つからないので、こう言います)だと思えます。 後につづく。

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サイダー

サイダー

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地蔵をおろそかにできないのは、地蔵に心があるからではなく(勝手にそう信じるは個人の自由だけど)、地蔵に心があると思ってる人から恨まれたくないからじゃないですか?

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伯爵
伯爵
上手く伝えられませんでしたね、難解な解説となり失礼しました。 「勝手にそう信じる個人の自由」が「心」だと言えるのかも知れないね。 という仮説です。対象に心があって欲しい、あるだろう、という自身の主観こそが心である。そんな意見です。
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さだまさしの「防人の詩」のような議題ですね。