時勢において芝と人工芝を見わけるところまでじぶんはとてもたどりつけない、たとえ言動におどらされているとしても後者がひつようなこともあるだろうとさえおもってしまう、ただ正しさなどどこにもないことはそうやってつくられてきた歴史がおしえてくれる