古代諸教会の人たちはこんなふうでしたから、ずっと内的な人間でした。内的な人間であれば、それだけ英知を味わっています。というのは愛と仁愛の善のうちにあれば、その人は内部人間の面で天界におり、その面で同じ善のうちにある天使社会に浸っていることになります。