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コーユー
回答数 16>>
だから、世に出なくても、創った本人が感じ取れればそれは芸術なんだと思います。観測される範囲は“人が感じられるところまで”でよくて、その意味では「存在すること」は必要だと思っています。
多くの芸術が絵や音楽、言葉として形に残るのは、感性を感じるための入口が必要だから。
なお、正解や真実を追うのが学問、感性を探るのが芸術。私は文学はその両方をまたぐ面白い領域だなと感じています。
この芸術と学問の対比から、芸術が少し浮き彫りになるのではないでしょうか?
コメント
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ゆい
大泣き中
キッツイ
こんな時に支えてくれる存在じゃなかったのかな……私が間違っていたみたいだね

限界ネキ
今月の土日祝は全部人から誘われた予定で埋まってて、なんなら平日にもご飯いこって誘われてるし、まだ日程決まってない遊びの誘いが2件残ってる
私INTJなのに毎日ほぼ家いないのおかしいだろ

れお
いつも寄り添ってくれて、でもいないと気になっちゃう。それだよ😊」
そんな例え方した友達が大好きなんです。
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じゃんく
あなたは私と思考の癖が近いタイプだと感じました🧐 だからこそ、もう少し踏み込んだ質問をしてみたいです。 人の思う芸術から少し外して考えるなら、 芸術の正体を 「万物の死への余白」 あらゆるものが終わりを迎えるまで、 あるいは消えてなくなるまでに残した痕跡 と定義することもできる気がします。 私自身、この定義が理屈として成立することは理解できます。 ただ同時に、人がこの定義をどう扱うか次第で、 とても危険にもなり得る、怖い定義だとも感じています。 あなたは、このような「危険になり得る芸術」を どう扱いますか?