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マサヤス 龍之介
#読書の星
☆『風街とデラシネ』田家秀樹 '21 初版 角川書店
吉田拓郎の『ローリング30』
30以上は信じるな .1
1978年11月にリリースされた吉田拓郎の9th.アルバム『ローリング30』は、「言葉」を武器に"橋"を架けてきた松本隆と、シンガーソングライターという個人の表現に留まっていなかった吉田拓郎の二人がついに出会った歴史的な作品と田家は記している。しかし、この時代を知らない人には、ちょっとこれだけでは何を言っているのか伝わらない。これは吉田拓郎の存在感と云うものが解らなければ、意味が伝わらないだろう。
私も自己の音楽ルームで吉田拓郎は今までは余り積極的に掛けては来なかった。
吉田拓郎と云えば端的に言えばプロテスタント一辺倒だったフォークミュージックを寄り一般的なところまで、引き下げて誰もが知るポピュラー音楽的に流布させた存在であった。
これをして拓郎は"フォーク界のプリンス"と言わせしめた。具体的には拓郎は1970年昭和45年にデビューシングル♫イメージの詩 でデビューした。…これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか… という世の中に対しての率直な疑念と…古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう… という世代感覚、シングルでありながら6分を超える長さ、それまでにあった無数の"デビュー曲"とは全く違う新しい曲だった。更に翌1971年にリリースした3枚目シングル♫今日までそして明日からは は…わたしは今日まで生きてみました… で始まっている。"私たち"と歌った岡林信康と"私"を歌った吉田拓郎。"我々は"という連帯の時代から個の時代への変わり目を象徴する曲であり…ですます…調の歌詞のはしりの楽曲でもあったが、同時期にはっぴいえんどの松本隆もですます調の歌詞を書いていたし、遠藤賢司も同時期にですます調を書いている。誰が最初か?よりもですます調は時代の気分だったと言えるのではないか?そんな気がする。1972年の♫結婚しようよ は大ヒットしてそれまでアンダーグラウンドだったフォークが商業的な音楽として認知されるきっかけとなった。このヒットは拓郎を時代の寵児へと押し上げたのだが、拓郎はここでテレビへの歌番組出演や芸能誌などの取材拒否というスタンスを取ったが為に生意気だ、とマスコミ挙げてのバッシングを受ける。この拓郎のテレビには出ないというのはその後、の所謂"あっち側"と"こっち側"という概念の創出を生み出すことになるのだが、前回紹介した原田真二のテレビ出演を利用して顔は売るが賞レースには参加しないという反マスコミの不連続性を生む潮流も、拓郎が暗に糸を引いていたことを併せて考えると、納得的である。1974年に拓郎作曲の♫襟裳岬 を演歌の森進一が歌いこれがヒットするとこっち側のあっち側へのゲリラ戦術は功を奏す形となった。
そして1975年には例のフォーライフレコード設立となる。しかしこのセンセーショナルな話題性とは裏腹に順風満帆ではなく、業界の秩序を乱す慣例に反するとレコード協会や組合からプレスも販売も拒否されてしまう。四面楚歌の状況の彼らに「それならウチのルートを使え」と救いの手を差し伸べたのが、ポニーキャニオンの石田達郎社長だった。そうした、時に他人を傷付け逆に傷付けられ一応の爪痕を付けた拓郎が漸く辿り着いた心境がこのアルバムだった。フォーライフレコードの常富喜雄(つれとみのぶお)はこう証言する。「あの言葉は松本君です。拓郎は常々『30で引退する、俺には時間がない。代表作を作りたい』と言ってましたからね。僕も含め"追い詰められた焦り"みたいなものもエネルギーになっていたと思います。彼からすれば、松本君は、自分とは違う所で生きてきたけど、明らかに"同志"という意識だった」ここで思いつくのはあの呪文のような
Don't trust over 30 である。田家はこの著の中でこの言葉はアメリカのヒッピーたちが最初は使っていた、と解説している。やがてサブカル系の当時の日本の若者らに暗黙の合言葉のように感じられる機運があった。しかしもっと踏み込んで言えば、当時から音楽の世界に飛び込んだミュージシャン達には良い見本がなかった。グループサウンズの連中は大半はA &Rになるか現役の時の人気者たちは俳優に転向してしまった。その自分達の音楽一本で勝負するには余りにも過酷な環境なのが当時の日本の洋楽志向の末路だったのだ。そんなお寒い日本の音楽状況の中で芸能界と云う確固たるものがあって、それ以外の音楽は受入られないなんて…それに夢や希望を見出せないなんて、ウソ寒いと感じたのが、山下達郎らの第二の世代であった。そんな彼らより少し早く言われた言葉、30以上を信じるな、はそうした世代にも刺さりまくった言葉だったのだ。だから古希を超えてもなお、独自の音楽を追求してきた矢沢や小田、中島、ユーミン、山下、桑田といった世代たちがその30を超えてもなお活躍出来ているのは、この言葉が心根の何処かに刺さっていたからだと考えれるし、同世代のリスナーたちも同じように歳を重ねて今、生きていることの幸せを同世代のミュージシャン達の活躍により支えになっているのであると思う。そんなことを考える一つの大きな象徴が拓郎のこのアルバムであったろう。
続

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イバお
お疲れ様でした
#みーぱん897
#佐々木美玲

しょー
上位の705S3がめっちゃダメ出ししてたのは衝撃だった。
でもはっきりダメなものはダメと言った方が信用が持てる。
機材や鳴らす環境なのかもしれないけど

ジョー
漢字読めないし、チンタラ喋るしw
そこが良いんですよマジで

ジョー
リスナーにぶん投げたw

ゆうち
しない時はしないししなくなったらしない
笑笑

ふれむ

ぱねお

モリモ
私は今から気が狂うから、君たちは安全な所に退避するんだ。

阿助
じゃあさっそく次回からコラボで!w
#みーぱん897
#佐々木美玲

工学部
討伐の日は近い
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