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正月休みのリピ散歩👟

東海道編【田町駅〜大森海岸駅】前編

①②③札の辻交差点
〝辻〟とは街道と街道が交わる場所を指し〝札〟とは人々に布告法令や連絡事項を掲示する掲示板(高札場)のことを指します。辻では庶民の往来が多かったため辻に高札を立てることで多くの庶民が高札を確認できたようです。尚、前回の街道旅で記載した芝口御門は1616年〜1710年までこの地にあったそうで東に江戸湾が広がりその先に房総半島の山々が望める立地だったことから〝一日中眺めていても飽きない〟という意味で別名『日暮御門』と呼ばれていたそうです。その後1683年に高札場は高輪大木戸へ移り1710年に芝口御門は新橋へ移ったことで大きな役割りは終わったそうです。尚、現在では歩道橋の上から北方向を見ると東京タワーがよく見えます。日が暮れるまで‥とはいきませんが(笑)

④⑤元和キリシタン遺跡
三田ツインビル西館の手前を右方向へ登って行くと丘の上に碑が建てられています。1623・1638年、徳川家光によりキリシタン50名以上がこの地で処刑されました。その中には外国人の宣教師も多数含まれており、札の辻が人の往来が多い場所だったことから庶民への見せしめの目的もあったようです。尚、この地は遠藤周作の短編小説『札の辻』に描かれているそうです。

⑥⑦⑧⑨高輪大木戸跡
1710年に札の辻にあった芝口門が新橋へと移った際、代わりに江戸を守る門として1724年に建造されたのが高輪大木戸です。江戸の街への出入口としてランドマーク的な役割りを果たし、更に江戸後期には伊能忠敬が全国の測量を行う際に高輪大木戸を基準としたという記録が残っています。また明治期に入ると田町から北品川まで海上に汽車が通され、その様子は多くの浮世絵に描かれています。ちなみに2020年に開業した『高輪ゲートウェイ駅』はこの高輪大木戸をリスペクトしているようで、駅名発表当初は色々とバッシングを受けましたが私自身は理にかなった名前だと思っています。駅の西側で明治期の線路(護岸)跡が発掘され、ニュースに取り上げたのも記憶に新しいですね。

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