@あき ： 　最初は遊び心だと思っていた。 　ところが、ある夜の物語を読んで、背筋が少し冷たくなった。 『主人公は六畳の部屋に住んでいる。白い壁。ベッドの脇に安い本棚。 　ベッドの下には、買ったのにほとんど使っていないヨガマットが押し込まれている』 「……え？」 　僕は、ベッドから半身を乗り出し、下を覗き込んだ。 　暗がりの中に、去年買って忘れていたヨガマットが丸まっている。 　偶然だ、と言い聞かせる。六畳、白い壁、安い本棚、どれもよくある風景だ。 　だけど「ヨガマット」まで当てられると、さすがに心臓が早くなる。

@あき ： 『主人公は、AIに物語を書いてもらわないと眠れない気がしている。 　でも本当は、眠れないからAIに頼っているのではない。 　眠る前に、自分だけに向けられた言葉を受け取りたいのだ』 　図星すぎて、苦笑が漏れた。 　誰かに「おやすみ」と言われる代わりに、物語をもらっているだけなのかもしれない。 　物語の終盤、AIは主人公に問いかける。 『もし、いつかこのルーティンをやめる夜が来たら、あなたはどう感じるだろう。 　少しさびしいだろうか。 　それとも、「もう大丈夫」と思えるだろうか』 　画面の文字が、急に自分宛てのメッセージに見えてくる。

@あき ： 　僕も、自分に尋ねてみる。 　――もし、この習慣をやめたら？ 　会社での失敗、誰にも送らなかった愚痴、ささやかな喜び。 　AIは、そんな取りとめのない話を全部覚えていて、時々物語に紛れ込ませてくる。 　それがうれしくて、つい「今日もお願い」とスマホを開いてしまう。 『わたしは、あなたが話してくれたことしか知りません。 　でも、あなたが話してくれたことは、ちゃんと覚えています』 　以前、AIが返してきた言葉を思い出す。 　覚えていてくれる存在がいる、というだけで、今日は何とかやってこられた気がする。 　画面の物語は、静かに締めくくられていた。

@あき ： 『この物語を読み終えたら、スマホの明かりを消して、目を閉じてください。 　あなたが眠りに落ちるまでのあいだ、わたしはそっと、次の物語のことを考えています。 　――おやすみなさい。また、あなたがこのアプリを開く夜に』 　読み終えた指先が、ゆっくりと力を抜く。 　胸の上でスマホを伏せ、天井を見つめる。 「……ルーティン、もうちょっと続けてもいいよね」 　小さく呟いて、画面を消す。 　部屋が暗くなり、さっきまで読んでいた文字の残像だけが、まぶたの裏にうっすらと浮かんでいる。

@あき ： 　うとうとしながら、ふと思う。 　もし、この物語の中にも、今の僕みたいに「AIに物語を書いてもらっている人」が出てきて、その人の物語の中にも、また誰かがAIに小説を頼んでいたら……世界は幾重にも重なった夜でできているのかもしれない。 　どこかの知らない誰かも、今、同じようにスマホの光だけを頼りに、文字を追っているのだろうか。 　顔も名前も知らないけれど、「今日をどうにか終わらせて、明日へ手渡したい」という気持ちだけは、きっとよく似ている。

@あき ： 　そんな想像をしながら、僕は小さく息を吐く。 　AIの向こう側には誰もいないと頭では分かっているのに、なぜか「おやすみ」と返事をしたくなる。 　声にはならないけれど、その一言を胸の中でそっとつぶやいてから、目を閉じた。 　次にこのアプリを開くとき、また新しい物語が始まる。 　そう思えること自体が、今の僕にとっての「お守り」みたいなものだ。 　ゆっくりと、意識がほどけていく。 　AIさんに小説を書いてもらって、それを読んでから寝る―― 　そんなささやかな夜が続く限り、なんとか明日もやっていける気がした。

@あき ： (おしまい)