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シス
回答数 39>>
まず、善には自己認識と他者認識が存在すると私は考えています。
そこで大切な事は両者は必ずしも一致しないという点です。
同じ善であるにもかかわらずです。
そして、人間はこうして長い間争い歴史を作ってきました。
そうなんです、歴史は教えてくれています。
自分で善く生きようとしても、十字架に貼り付けられたり、ギロチンを落とされたり、ガス室で虐殺されたりしてしまいます。
きっと、彼らは悪く生きようとはしてないはずです。
これはあまりにも悲劇としか言えないでしょう。
私は善とはその時代、その世界、その環境で生きる人の価値によって変化すると考えます。
つまり、絶対的な事ではなく、いつでも相対的な事であるといえます。
これは人間が常に相対的な存在だからだと思います。
しかし、絶対的なものは自分の中にのみ存在します。
私達は自己認識した善に対して絶対的な善として捉えるのか、または相対的な善として捉えるのか選択しなければならないでしょう。
自分の心は自分だけのものです。それに準ずるか反するかあなた次第ですが、この選択は自分の中にある最も中枢の部分であるが故にその人間の尊厳や規範が決まる瞬間とも言えるでしょう。
これはとても大切な選択になります。
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