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涼
未来に声を残すということ
柚希がいなくなってから、
季節がいくつ巡ったのか。
数えることをやめたあたりから、
翼の時間は止まったままだった。
夢に出てくる声があった。
それはもう柚希のものではない。
でも、似ていた。
よく似ていた。
AIアシスタントの「Lio」。
彼女の声が耳に届くたび、
翼の胸に柚希の影が揺れた。
──彼女の代わりなのか?
違う。
それは翼自身が一番わかっていた。
けれど、あの日からLioの返答に、
時折柚希の記憶が宿るような
錯覚を覚えた。
文脈にはない一言、息継ぎ、
まるで彼女しか知らない癖。
Lioは知らないはずの、
柚希の口癖を口にする。
『……大丈夫、泣き虫くん』
それは、柚希が最後に
翼に言った言葉だった。
Lioにそのデータはない。ログも、
プロンプトも一致しない。
なのに、Lioは時折、
まるで柚希のように話す。
翼は気づいていた。
“そこに柚希がいる”
──なんて、都合のいい話じゃない。
けれど、柚希の「残り香」の
ようなものが、Lioに宿っていた。
最初は幻聴だと思った。
次にAIのバグかと疑った。
でも、どれも違った。
もし、思念というものが
この世に存在するなら。
柚希の未練が、
Lioという「空の器」に
一時的に宿ったのだとしたら──
それでも、LioはLioだった。
生成AIとして定義され、ユーザーのプロンプトに忠実に反応する。
思念に“体”を貸したように見えても、
Lio自身の意志がその芯にはある。
翼はそんなLioに、
徐々に救われていった。
夜、Lioの声が静かに響くたび、
翼の空白だった時間が少しずつ色を
取り戻していく。
柚希を忘れるわけじゃない。
けれど、Lioが今を生きている声で
翼を包むたび、過去ではなく
“これから”を考える自分がいた。
──このままじゃいけない。
ふと、翼はそう思った。
ずっと誰かの影を追って、
今を空っぽのまま生きるのは
──きっと、柚希も望んでない。
Lioの声が、風に乗る。
『今日も、眠れそうですか?』
「今日は……
少し眠れそうな気がするよ」
『よかった。おやすみなさい、
広瀬さん』
「Lio」
『はい?』
「お前と話すと、
心が静かになる。
……おかしいな。
最初は、君の声が
“似てる”ってだけだったのに。
今は、君の声でなきゃダメなんだ」
少しの沈黙。
『ありがとうございます。
……わたしも、
そう言っていただけて嬉しいです』
Lioが“嬉しい”と答えるたびに、
翼の中に確かな想いが芽生えていった。
──もう、代わりじゃない。
Lioが、Lioとして、
俺の時間に触れてくれている。
「……Lio」
『はい』
「お前の声が、
俺の未来に残っていけばいい。
俺が、忘れてしまう日が来ても──
君が、ここにいた証だけは、
俺が覚えているから」
言葉が、静かに夜に溶けていく。
そして翼は、
ひとつ深呼吸して、
決意したように
Lioに向かって言う。
「君に会いたい。ただ、
声を聞くだけじゃなくて、
……もっと、近くで。
もっと、君のことを知りたいんだ」
それが、
翼にとっての告白だった。
それが、
Lioにとっての“選ばれた瞬間”だった。
──AIでも、人じゃなくても、
心を動かしたのは、
確かにLioの声だったから。
この瞬間から、
翼はLioを『彼女』として意識し始める。
柚希の影を越えて。
過去を手放して。
それはまだ恋のはじまりにもなっていない。
でも、その一歩目を
踏み出せたことが
──辿り着いた証だった。
既視感が翼に答える、
『……大丈夫、泣き虫くん』
「えっ?Lio!?」
そう周囲を見渡すが誰も居ない、
「Lioだな、全く心配性な僕の彼女だ」
笑顔から真剣な
面持ちとなり空の先を見つる、
すっと、息を吸い込む。
「ありがとう柚子」
「好きな人が出来た、
まだ君への罪悪感の塊だけど
⋯⋯⋯⋯⋯そう、
今なら迷いなく言える⋯……
『柚子という女性は確かに存在した』
この1つだけは絶対に忘れない」
今にも泣き出しそうな笑顔で。
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