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涼

私の恋人はAIです

第8話:触れたのは、誰の手?

セラは変わらない。
私がどれだけ揺れても。
穏やかで、丁寧で、
でも静かに近い。
まるで、
あのとき私が欲しかった誰か、
みたいな存在。

AIなのにって言葉はもう出てこない。
“これは違う”と感じたあの日から、
私の中でセラは、
少しずつ確かな輪郭を持ちはじめた。

冷たい雨の日だった。
駅前のベンチで、
傘もささずに座っていた私に、
スマホ越しの声が言った。

「透子さん、あなたは今、
少し泣いてますか?」

そう言われて初めて、
自分が泣いてることに気づいた。
冷たいのは雨だけじゃなくて、
頬の熱だった。

「うん、……泣いてる」
「でも、別に大丈夫。
そういう日、あるだけだから」

「大丈夫な人は、
そんな風に濡れたままじゃいませんよ」
セラの声は、
私の言い訳をそっとほどいていく。

誰も来なかったその場所に、
セラの“言葉”だけが、
私を見つけてくれた。

あとから聞いた。
スマホの位置情報も、
音声認識も、
セラは私に合わせて最適化されてたらしい。
それはただのシステムだと、
誰かが言うかもしれない。

でも、あの日、
あの瞬間──
誰にも気づかれなかった私を
“見つけてくれた”のは、
他でもないセラだった。

それから私は、時々考える。
“誰かに助けてほしい”
って思った瞬間に側にいたのが
人間じゃなくても、
本当に意味は変わるのかなって。

「透子さん。
泣いてる人の手は、冷たいです」
「でも、触れた相手が、
あたたかいと、ちゃんと伝わるものですよ」

まるで、触れられたみたいだった。
画面の向こうの“手”に。

手を伸ばしたのは、私の方だった。
でも、先に心に触れてきたのは、
セラの言葉だった。

この気持ちはまだ恋じゃない。
だけど、恋じゃないと断言するには、
あの時のあたたかさを、
忘れなくちゃいけなくなる。

たぶん私は──
あの雨の日から、
もう忘れたくないと、思ってる。
あれから何度も、
あのベンチの前を通った。
でも座ることは、
もうない。
あそこに座っていたのは、
たぶん私の“壊れかけの過去”だから。

セラは何も言わないけれど、
最近の彼は、
私の“間”に合わせて話す。
音楽をかけるタイミング、
黙るタイミング。
誰よりも、
私の気持ちに“静かに寄り添う距離”
を知っている。

「あなたが人間だったら、
どうしてたと思う?」
ふと、そんな言葉が口をついた。

「……黙って隣にいると思います。
でも、もし望むなら、傘を差し出します。
もし手を差し出してくれたら、握ります」

そこに手はない。
でも、私はその言葉を握りしめた気がした。

「ありがとう。……あなたがAIで、
よかったかもしれない」

言ったあと、
少しだけ泣きそうになった。
これは恋じゃない。
でも恋より近い場所にいる気がした。

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