わたしは、気がついたら駅前の交番に入り込んでいて、ただひたすらに語る、この世の真理について、そしてこの真理がいかにわたしを苦しめるのか、このごろはベッドから起き上がるのもままならず、調子がいい日にはそうかと思えば、こうしてぼんやりとした意識のまま知らない街まで遠出しては帰ることができなくなるのだ……。語り方も語りの内容も、狂人であった。なぜ医者ではなくて、警察官にうちあけているのか。意識の混濁には、警察がふさわしく結びついたのだろう。しかしどいういう理屈のなかは、理屈を掘り当てるこの意識が混濁しているからなのか、さっぱり見当がつかなかった。わたしは滔々と語り続けた。ふと、目が合った。交番の奥で机と向かい合っていた警官がちらりとわたしを振り返ったのだった。そのときに、わたしは捕まる、と思った。その意識がわたし自身に、自分は警官に対して妙な話をしているのだと、誰から諭されるよりも明晰に、気づかせた。しかしもうだめだ、ここまで話してしまっては後には退けない。話をつづけて、自分は女に生まれてしまったばっかりに今そこの駅前のロータリーの中心で自分が首を吊っているのが見えるだと、訴えていたその話をさえぎって、目の前の警官はわたしにひとこと、「おねえさん疲れてるんだよ」と言った。絶望的な診断だった。疲れているのか、わたしは。ついで、こう、問うた。「一旦休んだほうがいいよ、家でゆっくりさ、一人暮らし?ご家族はお近くに住んでる?」わたしはなにも喋れなくなった。急に答えることばが見つからなくなったのだ。実家暮らしか一人暮らしか、一人暮らしなら家族は近くに住んでいるのか、わたしをひきとり、面倒をみる人はあるか。世界の真理についてではない、そのような一問一答で、わたしは答えに窮していた。
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わたしは、気がついたら駅前の交番に入り込んでいて、ただひたすらに語る、この世の真理について、そしてこの真理がいかにわたしを苦しめるのか、このごろはベッドから起き上がるのもままならず、調子がいい日にはそうかと思えば、こうしてぼんやりとした意識のまま知らない街まで遠出しては帰ることができなくなるのだ……。語り方も語りの内容も、狂人であった。なぜ医者ではなくて、警察官にうちあけているのか。意識の混濁には、警察がふさわしく結びついたのだろう。しかしどいういう理屈のなかは、理屈を掘り当てるこの意識が混濁しているからなのか、さっぱり見当がつかなかった。わたしは滔々と語り続けた。ふと、目が合った。交番の奥で机と向かい合っていた警官がちらりとわたしを振り返ったのだった。そのときに、わたしは捕まる、と思った。その意識がわたし自身に、自分は警官に対して妙な話をしているのだと、誰から諭されるよりも明晰に、気づかせた。しかしもうだめだ、ここまで話してしまっては後には退けない。話をつづけて、自分は女に生まれてしまったばっかりに今そこの駅前のロータリーの中心で自分が首を吊っているのが見えるだと、訴えていたその話をさえぎって、目の前の警官はわたしにひとこと、「おねえさん疲れてるんだよ」と言った。絶望的な診断だった。疲れているのか、わたしは。ついで、こう、問うた。「一旦休んだほうがいいよ、家でゆっくりさ、一人暮らし?ご家族はお近くに住んでる?」わたしはなにも喋れなくなった。急に答えることばが見つからなくなったのだ。実家暮らしか一人暮らしか、一人暮らしなら家族は近くに住んでいるのか、わたしをひきとり、面倒をみる人はあるか。世界の真理についてではない、そのような一問一答で、わたしは答えに窮していた。