自分自身を家畜として飼い慣らしたときに哲学は役目を終える。すなわち、なぜ生かされているかを知り、どう生きるべきかを理解し、それをいかにも自分自身で選び抜いた生き様であると確信し、かつ、確信させられ、やるべきことを自他ともに充足しきっている状態の人間社会が生じたときに、学問のほとんどは終息する。
深く考えると長々と考えてしまうけど、結局無駄な時間になる。例えば何のためにとかそんな事思うとやる気もモチベもおきないけど、やりはじめたら終わる事柄において、考えれば考えるほどやる気もモチベもおきない。哲学を考えず、ただ継続するところに終わりがある。