「何かを満たしている」というより、最初から自分の考えを肯定して欲しいと思って書き込んでいるから「共感します」と言われて、「やっぱりそうだよね、私が言ってること間違ってない」と満足してるのではないかと思う
もし「SNS上で、フォロワーでもない匿名的な存在から得られる一時的な共感」を指しているのなら、それは単にその場限りの言葉で心の均衡を取り戻しているだけで、それ以上の深い意味はないと思う現実にそうした言葉をかけてくれる人がいるかどうかは、本質的な問題ではないChatGPTなどのAIとの対話で癒しを得る人がいるように、「誰かが自分の心情を受け止めた」という感覚そのものが安心のトリガーになっているのだろう現実世界では容易に打ち明けられない悩みを抱え、SNSという匿名性が確保された空間でようやく吐露できる人もいるそうした心情に対して寄せられる共感の言葉は、たとえ匿名でも十分に救いとなり得る主題とは少し逸れるが、私はSNSの繋がりを「薄く儚いもの」とだけは捉えていないSNSをきっかけに十年以上続く人間関係が生まれることもあるし、そうした関わりが現実に確かな影響を与える場合も少なくないと思う
5人の村があったとして1:4に意見がわかれたり、ハブられたとして、1人は孤独感強いですが、村から出て100人の街に移りあなたを受容しお互い楽しくやっていける人が2人いたとしたら、それで仲良くやってけば孤独感は無くなりますよね。それと同じ原理です
マズローの所属の欲求ですね。人は食事など根本的な生理的欲求を満たすと、今度は社会的欲求を満たしたくなります。SNSで欲求を満たすのは確かに空虚に感じるかもしれませんが、別にそれだけをずっと求めているわけでもありません。一時的にごっこ遊びで欲求を満たして、より高次な欲求を満たそうとするというのがマズローの基本的な考えです。
共感されることで安心感を得るのは、人間関係の基本的な欲求を満たすからだと思います。匿名SNSでは、直接会わない相手からの理解や共感が、孤独感を和らげてくれるのではないでしょうか。自分の気持ちを誰かに理解してもらえることで、少し心が軽くなるのかもしれませんね。