『頑張らなくていいよ』とか『君を理解しない周りが悪いのであって君なにも悪くないよ』って一見凄〜く寄り添ってる様で優しそうな言葉達。大体これが言えるのって当事者じゃない、ただの傍観者でなんの関係も責任もないから言えるの。コスパいいのよ、大多数になんの責任もなく私って優しい人でしょってアピールが出来てw安易な言葉鵜呑みにして甘やかされた奴が後々更に苦しもうと野垂れ死のうとどうでもいい事だからね。人を駄目にするやり方なんていくらでもある。やすやすと、さも耳触り良さそうな言葉を普段からペラペラ言う奴には気を付けた方がいい。悪辣な奴程、笑顔を作るのが上手い。
『相手の自己価値を下げたり否定する含意がある言葉』↓例えば、「馬鹿」という表現は、これは使われるTPOによって意味が変わってきます・相手の否定や侮辱・親しい人とのスキンシップ的表現なので、日本語の場合は単語や言葉、一言を読み取るだけだと、真意が読み取れないことが多々あります。このため、・そういうつもりで言ってない・(認知の歪み的に)誤読して傷ついたが頻発します。---コミュニケーションはただでさえ、人間の因果洞察力と人物洞察力の低さを前提としていて難しいのに、日本語と日本文化は更にこれをややこしくしている背景があります。---また、人の能力を落としたり、人をダメにする一言も、『本人は自覚なく発言している』場合も多々あります。これは、自分は人を導く存在だと自負しているタイプに多く、『将来的な成長のために、現在位置を正しく認識させる必要がある』という価値観から生じます。---このように、話し手は無自覚で使い、聞き手も無自覚に誤読します。それでもあえて『一言』を考えるなら、日本人相手には容姿を否定し、容姿に対するコンプレックスを植え付けるような言葉になると思います。女子同士のやり取りでちょいちょい見られるやり取り。あれは相手をsageたい心理から。男性だと、意見の否定や権力で封殺のパターンが多いですね。いずれも、相手を傷つけて意気消沈させようとしたり、自己の優位を相手に突きつけて、どちらが『上』なのかを示したいという意図があります。---関わっているのは『悪意』ですが、悪意がなくてもモラハラのように、それが愛だと誤認しながら人をsageる人も居ます。・意図・言語・認識・行為・目的・効果と、6つのレイヤが重なって起きている現象だと思います。
1桁ごろからのすごいね〜今のままで充分すごいから、頑張らなくていいんだよ、と周りがなんでも合わせてあげる環境これで現実の見えない傲慢な無能が出来上がる才能の芽があっても、朝何もせず真昼になってから慌てて水を与え始めるようではもう遅い