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人間の存在価値についてどう考える?

のい

のい

ないと思う
存在しない方が、物事は上手くいく
停滞させてるのも進化させてるのも人
いない方がマシ
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あかり(♂)

あかり(♂)

人間の存在の価値はその他、動物合わせても同価値
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kn

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正直にいえば人間自体はいらないはずだったでもそれでも何十億人といる以上それを覆す貢献さが必要だがそれをやったとしてもあいつらは共存という言葉も本来なかったはずという繰り返しがずっと続くからこう思うのはどうだろうか。生物は美しいから堂々としとけよ
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ぬるぽ

ぬるぽ

んまぁ私がいなくなったら結構ガチめな大損害なので...
いつも応援ありがとね(届かない思い)
人間の存在価値はぶっちゃけ影響だとしか。
最大多数の最大幸福を追求できれば存在価値が高い人でしょう。
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リラリラ

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無い
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みみ

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価値とか求めないほうがいいと思う。
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ゆぬ

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あんまない偶然偶然
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K

K

人間の価値は、市場価値(交換可能性)、社会価値(役割・有用性)、存在価値(ただ在ること)の三層に区別できる。しかし多くの議論が市場価値や社会価値に集中するため、「存在そのものが価値であるなら評価は二次的ではないか」という違和感が生じる。これは、社会が資源配分の仕組みとして機能する以上、制度は測定可能性を必要とし、仕事・報酬・優先順位を決定する基準を不可欠とするからである。また個人は不安処理を必要とし、「役に立っているか」「必要とされているか」という確認を心理的安定の装置として求める。存在価値は計量不能であり、制度設計の基準としては扱いにくいため、結果として①②の枠組みが前面に出る。また個人レベルでは「役に立っているか」「必要とされているか」という不安を処理する即効的な指標として市場価値や社会価値が機能し、抽象的な存在価値は心理的即時性を持ちにくい。


一方で、宗教・実存主義・人権思想などは存在価値を基礎に置くが、社会制度は依然として①②で運用されるため、両者の間には構造的緊張がある。多くの人は制度上は①②で行動しながら、内面的には③を求めるという二重構造を生きている。「value is not earned but inherent」という立場は、能力主義や承認依存を基準とする評価体系を相対化し、評価軸を「獲得」から「内在」へと転位させる宣言である。それは評価の否定ではなく、評価の前提条件の変更である。したがって論点は、存在価値のみで十分か、それとも存在価値を土台に市場価値・社会価値を再構成すべきかという設計問題へと移る。
問題は評価の有無ではない。評価の前提がどこに置かれているかである。
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り

生まれてきてしまったものは仕方ないと思います。
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グラユーザー達の財布

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犯罪者:詐欺や性被害等、悪質なら即刻◯刑でも良い
政治家:悪行が行われた時点で即刻クビ+禁固刑
それ以外:生きろ、生きてるだけで価値があるんだ
俺:ただの金を稼ぐための道具
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