結果的に自分を責め苛むことになるのならば、悪とは言わぬまでも、しこりが残って簡単には消えないものになりそうですね。「目を背けた」という意識があったかどうか、「目を逸らさない」というと善なのかどうか、「目が釘付けになる」というほうが悪ではないか。きっちょむ噺なら「おまえ、柿を見張っとけといったのに、もう木に一個もないじゃないか! 目をそむけたか?」「いいや、カラスが咥えていったのも、隣の子が来てとって行ったのも、おら全部見てただ!」「なぜ追わないのか!」「見張ってろといったべ」という奴にもなりましょうかね
こりゃあかん!と目を背けたことは多々ある。でもそれじゃアカンと見直したことがそのうちの3分の2くらいで、見直して良かったなと感じたことがその内半分くらい。見直してよかったなと思わなかった分と、最初から見直そうと思わなかった分については悪とは思わない。