結果的に自分を責め苛むことになるのならば、悪とは言わぬまでも、しこりが残って簡単には消えないものになりそうですね。「目を背けた」という意識があったかどうか、「目を逸らさない」というと善なのかどうか、「目が釘付けになる」というほうが悪ではないか。きっちょむ噺なら「おまえ、柿を見張っとけといったのに、もう木に一個もないじゃないか! 目をそむけたか?」「いいや、カラスが咥えていったのも、隣の子が来てとって行ったのも、おら全部見てただ!」「なぜ追わないのか!」「見張ってろといったべ」という奴にもなりましょうかね
目を背けること自体に正義も悪もないと思います。正義や悪は人によって変わるものなので、大事なのは自分の正義に誠実であるかどうかだと思います。つまり、自分にできる範囲で行動し、その結果として後の罪悪感や不利益を受け入れる責任と覚悟を持って選択した行動が目を背けることなのか。これが重要だと思います。
こりゃあかん!と目を背けたことは多々ある。でもそれじゃアカンと見直したことがそのうちの3分の2くらいで、見直して良かったなと感じたことがその内半分くらい。見直してよかったなと思わなかった分と、最初から見直そうと思わなかった分については悪とは思わない。