「好き」とは、自分以外の存在を肯定すること。“自分とは違う誰か”を受け入れたい、つながりたいという存在の開放行為です。一方、「嫌い」は自分の世界観や価値観を守るための拒絶の意志です。つまり、「好き」と「嫌い」は、どちらも自分という存在を知るための鏡のようなもの。
凡人は乳児のころの記憶を容易に忘れてしまうもののようだ。快と不快くらいしかなかった、その延長に過ぎない。好き嫌いだけで判断する人物は乳児からやり直してみたらいい。脳内だけで完結する。あ、もしや……現在までの経路の記憶もないのか?