生きる事に意味があると思いますか?
自分は意味がないと思っていますが、意味があるとすれば何がありますか

vt

タケル
それが何なのか分からなくても。
👻

シズ
「生きることには、最初から意味が与えられているのか」と「意味が与えられていなくても、人は意味をつくれるのか」
「意味は最初から存在する」
たとえばアリストテレスなら、人間が生きる目的は単なる生存ではなく、「よく生きること(エウダイモニア)」にあります。
つまり、生きる → 幸福や徳に向かって生きるという方向性がある。
「そもそも意味などない」――ニヒリズム
「宇宙そのものに、人間が生きる目的など書かれているのか?」
もし宇宙に人間のための目的が存在しないなら、
「なぜ生きなければならないのか?」
に客観的な答えはないかもしれません。
ニーチェが問題にしたのも、まさにこの「既存の価値が崩壊した後、人間はどう生きるのか」という問題でした。
「意味がないからこそ、意味をつくる」――実存主義
サルトルは、人間にはあらかじめ決められた本質や人生の目的があるのではなく、
人間は、自分の選択によって自分自身をつくっていくと考えました。「人生に意味があるか?」ではなく、「私はこの人生をどういう意味のあるものとして生きるのか?」という問いに変わっていきます。
カミュの『シーシュポスの神話』は、この問題をかなり徹底的に考えています。人間は、「なぜ生きるのか」と問い続ける。ところが世界は答えてくれない。この状態をカミュは「不条理」と呼びます。それでもカミュは、
だから死ぬべきだとは考えません。意味を与えてくれない世界に対して、それでも生きる。
そこに人間の自由や尊厳を見ようとします。
生命はまず存在し、その後に人間が「意味」を問い始める。そう考えると、「意味があるから生きる」のではなく、「生きているから意味を問い始める」とも言えるわけです。
『シーシュポスの神話』
アルベール・カミュ(Albert Camus)が1942年に発表した哲学的エッセイです
『実存主義とは何か』サルトル
正式には1946年に行われた講演をもとにした著作で、フランス語では 『L’existentialisme est un humanisme(実存主義はヒューマニズムである)』 です。

るりか
生まれたことにも生きることにも死ぬことにも意味なんてないと言ってくれーー

五島
意味がないなら、さっさと終わらせればいいじゃない。
そうしないのなら、終わらせたくない / 終わらせられない理由があるのでしょう。
それが『生きる意味』なのでは?

たなか

HAL
今日は暑いから帰ってビール飲もうとか、給料日だから焼肉行こうとか。
そんなくだらないこと、しかも1日で終わってしまうような意味でもいいと思うんですよ。
多分人間は生きること自体の意味が自由な生物だと思うので。

cham*
と
「生きる意味を感じられるか」
は別の問いとして考えます。
「意味」というものは、
どこかに完成した形で存在していて
それを見つけるものではなく
生きている中で自分が与えていくものなのかもしれません。
誰かを大切にしたこと。
誰かに大切にされたこと。
何かを知りたいと思ったこと。
美しいと思ったこと。
傷ついたこと。
悩んだ末に何かを選んだこと。
それら一つひとつに、
最初から意味が書かれているわけではありません。
でも後になって振り返ったとき、
あの出来事があったから今の自分がいると
意味が生まれることがあります。
だから私は、
生きる意味があるから生きる
のではなく、
生きることで意味が生まれていく
と考えることもできるんじゃないかなと思います。
そして今、
「生きることに意味がない」
と感じていることさえ、その人が
では、何なら自分にとって意味があるのだろう
と問い始める場所になるかもしれません。

凡太
これは本当に個人の意思か、増えすぎた種の集合体の意思なのか。
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