幸せは諦めて手にするもの少なくとも今の世界で幸せを定義しようとするならば「不幸でないこと」であり、逆に不幸とは「幸せでないこと」としかいえない。幸せも不幸も主観的なものでしかないから、定義しようとするとどうしても歪みが生まれる。その上で、幸せになろうとすれば、他の何かを、誰かを犠牲にするしかない。自分が幸せになった分だけ誰かが不幸になる。「1+(-1)=0」なわけで。隣にいる誰かが泣いているのに、その隣で笑えるならいいけど、そうでなければ、誰かを悲しませることを諦めることでしか幸せにはなれない。あるいは「この程度の幸せ」に妥協するか、だね。そのどちらもイヤならば人の心を諦めるしかない。だから幸せを掴もうとするならば何かを諦めるしかない
感想: 自分で掴む必要はないけど、自分で掴むべきものですね。考え: 幸せもとい幸福感(幸運との区別)は掴めむと比喩することは多いけど、状態なのでその状態を作ると維持するものです。脳内化学物質のバランスによって実現する状態として、再現するために必要なものは人それぞれなので、その状態を意図的に作れるのも本人しかいないので、自分の意思で維持しない限り「たまたま今が幸せ」の状態になり長続きしないだろう。なので、自分の力で達成すべき事項です。