2025/9/9ある日本人は権威者であるが、日本人全てが権威者を語る事は不合理である。この命題は正しい命題とは言えない。Oxford languagesより1.すぐれた者として、他人を威圧して自分に従わせる威力。また、万人が認めて従わなければならないような価値の力。 「親の―」2.専門の知識・技術について、その方面で最高の人だと一般に認められている人。大家。 「―筋」この二つで考察して行きましょう。1.の定義だと、単なるマウント行為ですな。支配欲求です。これは劣等感の裏返しで、強い者と弱い者を分けて、強い者は弱い者を虐げても良いとの観念に元ずいている。これは独裁主義的な立場を良しとする偏向思考である。自分を強い者だと思い込んだ者が、弱いと決めつけた者を支配して当然と考えている事の表れである。このような者になりたいだろうか?2.では専門分野で業績功績をなした者を賛美する凡人の思考である。ある一部の者は当てはまるだろうが、日本人だからと無分別に得たとは言えない。日本人だかと言って、全ての日本人が権威者とは語れない。よって、ある者は権威者になれるが、日本人なら権威者だと言う事は出来ない。もし日本人の権威者を例に挙げて日本人の全てを権威者だとするのは騙りである。ある日本人は権威者であるが、その他の人間がその者を賛美して日本人の優位性を語るのは、虎の威を借る狐のようなものである。
イーロンであったか、日本人の「空気を読む能力」をAIが学習するのは相当に難しいだろうとする推論がある。その一方で、社会のなかに埋没し、歴史のながれに翻弄され、自らが社会や歴史のなかでいかなる物事を引き受けているのか無自覚無批判に、ノリと流れと雰囲気と同調圧力となんやかんやで、ぞろぞろと共感を頼りに生きているほうがお似合いだという解釈も可能だ。個人の意思を押し通そうとするとき、我らは「だってみんなやってるし」という空気を根拠にする。エスカレーターも両側推奨されようが「みんな」が片方に寄っていればそれに続くし、ファミリーコンピューターがないとなれば「みんな」持っていると主張して個の利を満たそうとする。この意味において、日本人はおそらく個人を獲得しきることはない。その一方で社会システムだけは個人主義をとろうとしたことによって、上司との軋轢、政治家と政治などの問題が噴出してきた。個人対個人としたとき、実際は、上司は部下がチュートリアルを示すべきところだし、政治家は有権者が育てあげるべきものだったのではなかろうか。
法律の立て付けは、たしかに個人主義が確立されてますけどね。個人主義の国アメリカと比べると日本のそれは個人主義とは言えないものと聞いたことはあります。日本は未だにムラ社会の風習というか価値観が根強いですからね…