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言葉や“幸せ”という概念が無かった時代の人たちは“幸せ”だったと思いますか?

アキ

アキ

知らなかったからこそ自然に幸せに暮らしていたではないでしょうか。
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吉田賢太郎

吉田賢太郎

何も知らないのが一番の幸せである

中途半端に知ってるのは罪だよ

無知なら無知で本当に何も知らないのが幸せだよ

言葉そして科学のせいで全人類は不幸になったよ

幸せじゃないのは辛さである

辛さがあるから幸せでもある

すべては可能性と危険性でしかないよ
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エルモ

エルモ

生き物としての三大欲求が満たされる事でそれらしい感覚はあったんじゃないかな?
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ともくりん

ともくりん

はい。単純明快なノンバーバルなことで
実は幸せは感じられるのです。

寒いと動物は寄り添い合うでしょ?
暖かいと幸せを感じるようにできている。

言葉はウソつけるので
本質はそこではなく違うところに
見つけるといいです
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雑食の巨人

雑食の巨人

「生き延びる事ができた」と言う今ではあまり意識することがない感情が質問者の意図する「幸せ」と言う概念に近かったのではないか?とビール片手に推察いたします🍺
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しん

しん

私は、「幸せ」という言葉や概念がなかった時代の人たちも、幸せだったと思います。ただし、それは私たちが今考える「幸せ」とは少し違うものだったかもしれません。

私たちは何かを感じるとき、「楽しい」「悲しい」「満たされている」と名前を与え、その言葉を手がかりに自分の状態を理解します。「幸せ」という言葉も、そのための大切な道具です。

けれど、言葉は感じることより先にあるわけではありません。

たとえば幼い子どもは、「幸せ」という言葉を知らなくても安心して眠ります。母親の顔を見て笑い、暖かい場所でほっとします。その感覚は、言葉を覚えた後の私たちが感じるものと決して無関係ではないでしょう。

言葉は感情を生み出すというより、すでにそこにあるものを見つける手助けをしてくれます。夜空に名前のない星があっても、その星は存在しています。名前をつけることで、その存在に気づきやすくなるのです。

だから、「幸せ」という言葉がなかった時代にも、人は喜びを知り、安らぎを知り、誰かを大切に思い、満ち足りた時間を過ごしていたはずです。むしろ、今よりももっとそのまま受け取っていたのかもしれません。

現代の私たちは、「私は幸せだろうか」と考えることができます。しかしその一方で、幸せを探しているうちに、目の前にある穏やかな時間を見落としてしまうこともあります。幸せという言葉があるからこそ、自分が幸せかどうかを確かめようとしてしまうのです。

だから私は、その時代の人たちも幸せだったと思います。むしろ幸せという言葉がなかったからこそ、幸せを探すのではなく、その中で暮らしていたのかもしれません。自分が満たされているかを考える前に、誰かのぬくもりや季節の移ろいに触れていた。その時間の中には、今の私たちが「幸せ」と呼ぶものが、確かに息づいていたように思うのです。
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よんちゃん

よんちゃん

昔も今も
幸せ🟰美味しい楽しい気持ちいい
ではなく
幸せ🟰苦痛がない状態
に気付いた時が、幸せだと思う。
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タカ

タカ

幸せの概念がないので幸せじゃなかったと思う

ただ生きる事を繋げてきたのでしょう
そして人類が滅ぶ時に答えにたどり着くんでしょう、、、最後は幸せに笑って終わりたいですね
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はやと

はやと

脳があって感情があるのであれば、幸せを感じたと思う。例えばおなかいっぱいになってぐっすり眠るとか。好きな人と結ばれるとか。子供が生まれるとか。
幸せって、明日が今日よりも良くなりそうという希望や実感のことだと思うので。
だから現代人は幸せを感じずらいんですね。
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たむい

たむい

幸せは脳内にセロトニンなどの伝達物質が受容されることで感じることができる
そのため幸せに感じるために言葉や概念は不要と考える
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