偽りの自分って存在すると思う?
しん

トンボ

ゆっけ

マツ

心理垢異音。
綺麗なら大丈夫かもしれないけど。

サト

たよ

めいか
まず「偽りの自分が存在するかどうか」は、そもそも“偽りをどう定義するか”が定まらない限り、答えられない問いだと思います。
・相手のための偽りは善なのか悪なのか
・自分のための偽りは本当に悪いのか
この善悪の軸自体が、人によって・状況によって変わります。
さらに言えば「どこまでが自分の本心で、どこからが演出なのか」あるいは「他者への配慮としての振る舞いなのか」を、
本人が厳密に切り分けて把握すること自体が、難しいのではないでしょうか?
そして切り分けられない以上、「これは偽りの自分だ」と断定できるだけの事実としての材料を明確に示すことはできません。
実際には、後から振り返ったときの感情や記憶、
「違和感があった」「納得できなかった」という感覚が、その判断の根拠になっていることが多いかと思います。
ただ、感情や記憶にはどうしてもバイアスがかかります。
そのバイアスを完全に排除できない以上、「偽りの自分」という概念が、実体として成立しているとは言い難いのではないでしょうか?
むしろ「偽りの自分」とは、過去の自分を評価・整理するために後から付けられた、ラベルや物語に近いものなのかもしれません。
なので「偽りの自分」が存在するかどうかよりも、「なぜ人は、自分を“偽り”と呼びたくなるのか?」その心理や文脈を考える方が、
現実に、より寄り添った問いになりうるのではないかな、と個人的には思います。

りり
●嫌な部分も自分で許してあげられる
●嫌な自分をちゃんとコントロールできるようになってきた
●そもそも無理とかしない😝
だからなのかも〜

コリャうめーわ
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