あなたにとっての"問い"がもし"問いの模造"に変わるとしたら、その変質はどのような時に起きると思いますか?
"問い"をしている自分を客観視して考えてみてください。

骨の強い傘

毛玉
プロボクサーの突き詰めた右ストレートの練習法を素人が真似たとする。パフォーマンスは悪いだろうけど、素人は素人なりに何もしない人よりは伸びるんじゃないかい
学ぶは真似ることから始まるわけだし、模造になることでの変質はないんじゃないかなぁ
見習い
学が足りなければすみません、もしかしたら“問いの構造化”でしょうか。
わたしのとっての“問い”は幼いときからずっと、ほぼ自然に構造化していたと思います。
環境から、自然にそのような思考になっていたのかもしれません。
なので私にとって、構造化は変質によってではなく、生まれる問いが既に構造化されています。規模に差はありますが。

