共感で繋がるSNS

人は不寛容に対してどこまで寛容であるべき?

あた

あた

面白き 事もなき世を 面白く
(高杉晋作・辞世)

世の中に 人の来るこそ うるさけれ
とは言うものの お前ではなし
(蜀山人・自宅の門前歌)

世の中に 人の来るこそ うれしけれ
とは言ふものの お前ではなし
(内田百閒・↑のパロディ)

。。。答えには、なっていませんが、
いずれも不寛容と寛容のせめぎ合いを描いた、
名句だと思います☺️

住みなすものは 心なりけり
(冒頭の歌の「下の句」。
 後に添えられた句と言われます)
GRAVITY
GRAVITY3
DadBeef

DadBeef

線引きしようなんて、寛容ではないよね
GRAVITY1
GRAVITY3
月明かりのカバ

月明かりのカバ

イラっとする手前までは寛容でいられるのだろうけれど、無理に受け入れる必要はないんじゃないかな。組織に属しているとそういう場面に出くわすけれど、そこに居なきゃならない特別な理由でも無い限りは不寛容な人と付き合う必要はない気がするなぁ。
GRAVITY
GRAVITY73
miino

miino

* 戦わない: 不寛容な人に対して怒りや対抗心で向き合うと、同じ重い波動(エネルギー)の領域に巻き込まれてしまいます。
* 変えようとしない: 「相手を寛容にさせよう」とコントロールすることは、自分自身のエネルギーの無駄遣いになります。
* そっと離れる: 「あの人はそういう価値観なのだ」と認めつつ(ジャッジしない)、自分とは波動が合わないため、物理的・精神的に距離を置く「棲み分け」が基本です。

2. 「我慢」は美徳ではない
* 自己犠牲をしない: 自分を不当に攻撃したり支配しようとしたりする不寛容さに対して、じっと耐えて受け入れる(我慢する)ことは寛容とは呼びません。
* エネルギーを引く: 不快な状況に甘んじるのではなく、「私はそのエネルギーには付き合いません」と心の中で宣言し、意識の焦点を別の楽しいことに変えることが大切です。

3. すべては「自由への介入」かどうか
* 宇宙的に最も重視するのは「個人の自由(尊厳)」です。
* もし相手の不寛容さが、あなたの自由や領域を侵犯してくるものであれば、毅然と拒否するか、その環境から「さっと逃げる・立ち去る」ことが自分を守る最善の選択となります。
GRAVITY
GRAVITY8
このは@板挟民

このは@板挟民

私の人生経験100%でいくと
自分に対して不寛容な人は他人にも不寛容
逆も然り
自分に対して不寛容、自分に厳しいと
なんかカッコイイとは思うけど
そのルールをこっちにも勝手に適用して勝手に評価されるのは、私は御免だね
GRAVITY
GRAVITY1
渋川たかなお

渋川たかなお

別に寛容である必要はない
GRAVITY
GRAVITY